睡眠中に呼吸が繰り返し止まる「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」について、潜在患者が推計940万人に上る一方、適切な治療を受けているのは約73万人(8%弱)にとどまることが、フィリップス・ジャパン主催のメディア説明会で示された。9月3日の「睡眠の日」を前に開催されたこの説明会には、クリニックフォアグループ会長の村丘寛和医師が登壇し、今年6月の制度改定で一変した医療の最前線を解説した。
放置するとリスクが最大2.9倍に
SASは、睡眠中に気道が塞がり無呼吸や低呼吸を繰り返す病態で、1時間あたりの無呼吸・低呼吸の平均回数を示す「AHI」が5以上で、日中の眠気などの症状を伴う場合に診断される。村丘医師は「SASは単なるいびきの問題ではない。命と、日中の生活の質に関わる病気だ」と強調した。
呼吸が止まるたびに血液中の酸素濃度が低下し、心臓に大きな負荷がかかることもある。研究データによると、放置すると高血圧のリスクが約2.9倍、心臓突然死が約2.6倍、脳卒中(男性)が約2.9倍、交通事故リスクが約2.4倍に上昇するという。また、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患がある人は、気道が閉塞しやすいため病態をさらに悪化させやすいとされる。
さらに、一晩に何十回も脳が覚醒することで睡眠の質が低下し、集中力や生産性が悪化。日本におけるSASなどの睡眠障害による経済損失は年間3.4兆円に達すると試算されており、社会的な影響も大きい。こうした背景から、運輸業などの安全管理にとどまらず、一般企業の「健康経営」の一環として年1回の定期健診に睡眠のチェック項目を設けるなど、職場側からのアプローチも期待されている。
なぜ9割以上が見逃されるのか
治療の検討対象となる中等症以上(AHI 15以上)の潜在患者数は推計940万人。これは「糖尿病が強く疑われる者(約1000万人)」とほぼ同規模の“国民病”と言える数字だ。しかし、実際にCPAP(持続陽圧呼吸療法)などの適切な治療を受けている患者は約73万人に過ぎず、全体の8%弱にとどまる。村丘医師は「治療法は確立しており、保険も適用され、効果もはっきり出る。にもかかわらず届いていない。これがSAS診療の最大の課題」と語る。
その最大の理由は「本人の無自覚」にある。呼吸が止まるのは眠っている間のため、脳が一時的に覚醒しても記憶に残らず、本人は「朝までぐっすり寝た」と思い込んでいるケースが多い。受診のきっかけとして重要なのが、家族やパートナーからの「昨夜はいびきがすごかった」「呼吸が途中で止まっていた」という指摘だ。村丘医師は「この病気は他人からしか見えないことが多い。ご家族からの指摘は、本人の自覚がなくても優先して検査を検討すべき重要なサインになる」と促した。
パートナーと寝室が別で指摘を受ける機会がない場合や一人暮らしの場合でも、スマートウォッチなどのウェアラブル端末で睡眠状態の異変を検知し、受診につながるケースも増えているという。
30代〜60代は約7人に1人、制度改定で何が変わったか
SASになりやすいタイプとしては「肥満体型」「中年以降の男性」「閉経後の女性」「飲酒・喫煙習慣のある人」が挙げられるが、特に注意が必要なのが「あごが小さい人」だ。村丘医師は「日本人はもともと骨格的にあごが小さい傾向があるため、痩せている方でもSASになるケースは珍しくない」と指摘する。実際、クリニックの現場でも体格が標準的な患者が検査を受け、中等症以上と診断されるケースは頻繁にあるという。
30代〜60代の働き盛り世代では、約7人に1人が中等症以上のSASに該当すると推計されている。しかし現役世代ほど、「平日日中に時間が取れない」「入院検査へのハードルが高い」「どこに相談すべきかわからない」といった壁に阻まれ、受診を後回しにしがちだった。
こうした状況を打破するきっかけとなったのが、2026年6月にSASをめぐる制度が2つ同時に変わったことだ。まず、CPAP治療の保険基準が緩和され、自宅で行う簡易検査の基準(AHI閾値)が従来の40から30へ引き下げられた。これにより、従来は一晩入院して行う精密検査(PSG検査)が必須だった中等症層(AHI 30〜39)も、自宅での簡易検査のみでCPAP治療を開始できるようになった。村丘医師は「対象者が増えたというより、入院せずに治療へ到達できる人が増えたことが大きな意味を持つ」と解説する。
次に、医療法の改定によって「睡眠障害」の標榜が解禁された点だ。基本診療科名との組み合わせで「睡眠障害内科」などを掲示できるようになり、患者にとってどこへ相談すべきかが一目で分かりやすくなった。
オンライン診療と機器の進化、継続支援へ
さらに、オンライン診療と在宅検査の組み合わせも定着しつつある。初診の問診から検査手配、結果説明、CPAP処方、その後の継続管理までオンライン診療の活用が可能となった。仕事で忙しい現役世代であっても、自宅に届いた検査機器を指や胸元につけて一晩眠り、返送するだけで検査を完結させられる。保険診療の要件に当てはまらない軽症者(AHI 5〜14)や、通院が困難な地域に住む人に対しては、自由診療という選択肢も広がっている。
説明会では、フィリップス・ジャパン代表取締役社長の安部美佐子氏も登壇し、潜在的な患者が受診した後、治療が必要なのに継続されないケースもあると言及。「医療機器メーカーとしては、検査機器や治療機器をいかに使いやすくし、続けるためのハードルを下げるかが重要。オンラインやソフトウェアによる支援に注力することで貢献していきたい」と語った。同社では自社製品にとどまらず、優秀なベンチャー企業の製品も取り入れるなど、患者の使いやすさを最優先する姿勢を示している。近年のCPAP装置は劇的に小型化・静音化が進んでおり、出張先や旅行先へカバンに入れて持ち運べるサイズになっていることも紹介された。
村丘医師も「CPAPは装着初期に違和感を覚える方もいるが、1〜2週間で慣れることがほとんど。適切に装着・使用できれば効果はほぼ100%で、日中のすっきり感を取り戻せる」と自信を見せる。「いびきや夜間の呼吸停止を指摘されたら、ぜひ体質や年齢のせいにせず、一度医療機関へ相談してほしい」と語りながら、「ただ、我々のクリニックとしては利便性だけを過剰に追求するのではなく、対面診療による安全性と組み合わせながら、着実かつ確実に治療を提供していきたいと考えている」と方針を述べた。
6月の制度改定により、病院に泊まり込む必要もなく、自宅にいながら検査・治療を進められる環境は整った。自分自身の睡眠障害を「たかが、いびき」と片付けずに向き合うことが、日中のパフォーマンス向上や将来の健康リスク回避へとつながっていきそうだ。



