千葉県松戸市が発祥の「二十世紀梨」を中米ドミニカ共和国で栽培する支援プロジェクトが頓挫していたことがわかった。熱帯気候で栽培が難しい同国で、苦労を重ねて果実を実らせていただけに、協力してきた梨農家からは惜しむ声が上がっている。
2015年の公使訪問がきっかけ
プロジェクトが始まったのは2015年。ドミニカの駐日外交団の地方視察ツアーで、同国公使が松戸市の梨農園を訪れ、甘くみずみずしい梨に魅了されたことがきっかけだった。「母国で梨を栽培したい」との要望に市も全面協力し、2016年にはドミニカと梨の栽培に関する覚書を交わし、専門家や市幹部、市議らを現地に派遣した。
市にある千葉大園芸学部も、同国の研修員に果樹栽培の特別講義を行うなどして協力してきた。
試行錯誤の末に結実も、リーダー急逝
市観光梨園組合連合会顧問(当時)だった真嶋昇さんは、ドミニカを訪れたり、自らの農園「吉乃園」に同国政府関係者や研修員を招いたりして指導に尽力した。しかし、四季がはっきりした日本とは異なる熱帯気候での栽培は難航し、市から持参した多くの苗木が枯死した。
それでも試行錯誤の末、2019年6月に改良で病気への抵抗性を高めた品種「秋のほほえみ」が初めて実をつけた。その1か月後、真嶋さんは79歳で急逝。ドミニカの当時の農地庁長官から「永遠の休息を神に祈る」と弔辞が寄せられ、関係者は「真嶋さんの取り組みを遺産として後世に引き継いでいかなければ」と誓った。
盗難や事故で頓挫、JICAも断念
軌道に乗りかけたプロジェクトは、関係者の渡航が制限されたコロナ禍をはさんで苦境に陥った。市によると、現地ではようやく実るようになった果実が盗難に遭ったり、農家のリーダーが交通事故で亡くなったりする不運が重なり、梨栽培から離れていく人が増えていったという。
市とともにプロジェクトに取り組んできた国際協力機構(JICA)は昨年春、事業継続を断念。財政難の市も手を引くことになった。
妻の思いと今後の交流
真嶋さんと二人三脚で農園を運営してきた妻の洋子さん(84)は「一生懸命だったあの人が生きていたら、今もドミニカでは梨が実っていたはず。せっかくいいところまでいっていたのに残念」としみじみと語る。
梨を通じた交流をきっかけに、同市が東京五輪でドミニカのホストタウンを務めたり、現地に中古の消防車両を贈ったりと、同国と市の関係は着実に深まっていた。市国際推進課は「今後はドミニカが自力で梨の栽培ができるよう、何ができるかを検討しながら、引き続き交流を続けていきたい」としている。



