筑波大の柳沢正史教授が、米国で最も権威ある医学賞「ラスカー賞」の基礎医学賞を受賞し、授賞式が行われた米ニューヨークで読売新聞の単独インタビューに応じた。睡眠と覚醒を制御する神経伝達物質「オレキシン」の発見などの業績が評価された。基礎研究から始まった発見は、約30年を経て睡眠障害の治療薬へと結びついた。
受賞の驚きと睡眠学の評価
受賞について柳沢教授は「本当に驚いています」と述べ、「オレキシンに関する重要な発見は1998年頃に相次いだので、『なぜ今、評価されたのか』とよく聞かれます」と振り返る。その上で「突然強い眠気に襲われる睡眠障害『ナルコレプシー』の治療薬ができたことが大きいと思います。オレキシンの欠乏がナルコレプシーの原因ですが、その働きを補う世界初のオレキシン作動薬が今年8月、日米で承認され、患者さんに届くようになりました。基礎研究の成果が治療につながったことが、大きなきっかけではないでしょうか」と語った。
睡眠研究そのものが評価されたという思いについては、「あります。睡眠の基礎研究は、本当に地味に扱われてきたんです」と述べ、「レム睡眠(眠っているのに脳が活発に活動している状態)の発見は睡眠学の礎になる大発見ですが、大きな賞には結びつきませんでした。睡眠時無呼吸症候群を病気として確立させたり、治療法を見つけたりした巨人のような研究者もいますが、メジャーな賞はほとんど受けていません。睡眠学がようやく日の目を見て、評価されるようになったことがうれしいです」と語った。
授賞式の雰囲気と山中教授との交流
授賞式については「いかにもアメリカ的でしたね。受賞者とプレゼンター、ラスカー財団の方々がひな壇に並んで、私はまるでノーベル賞受賞者に囲まれるような席でした。プレゼンは非常に迫力がある一方で、みんな必ず笑いを取るんです」と振り返る。トロフィーについては「ものすごく重かったです。石の台座で、財団から事前に『スーツケースに入れて持って帰ろうとしないでください。こちらから発送します』と言われるぐらいです」と明かした。
ラスカー財団理事に今年就任した京都大の山中伸弥教授とは「前日のディナーからずっと一緒で、色々話しました」と述べ、「なぜか山中さんは昔から私のことを『ヒーロー』と言ってくれるんです。山中さんが2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞する前からです」と語った。さらに「今年のラスカー賞は6人の受賞者のうち4人が日本人ですから、日本にとって非常にいい年です。出席者からは『今年はジャパン・イヤーだ』と称賛の声も上がりました」と付け加えた。
オレキシン研究の出発点とAI時代の研究
研究の始まりについて柳沢教授は「オレキシン研究は、最初から目標を設定しない研究から生まれました。結果として、患者さんを助ける非常にパワフルな道具(治療薬)になりました。本当の意味での探索的な基礎研究が、こういうものを生み出すんです。最初から『この薬を作ろう』と狙ってできるような発見ではありません」と説明する。現在は「製薬業界ではオレキシンが非常に盛り上がっています。睡眠だけでなく、注意欠如・多動症(ADHD)や依存症、パーキンソン病、うつ病などにも使えるのではないかと期待されています」と語った。
AIが科学者に取って代わる可能性については「分かっていることをまとめ上げるような作業は、どんどんAIに任せられるでしょう」と述べつつ、「本当の最先端の大発見につながるような研究のアイデア、全く独創的なことをAIが言うわけではありません。そこは人間の仕事です。逆に言えば、人間ならではの能力を発揮するには、ちゃんと寝ないといけない。寝不足でできるような仕事ならAIでもできる、ということです」と指摘した。
生命科学におけるAI利用の難しさについては「生成AIが学習しているデータの信頼性です。生命科学では、発表された論文の再現性が問題になることがあります。しかし、生成AIはそういう論文も全部取り込んで知識にしています。インプットの信頼性が低ければ、当然、出てくるものにも問題があります。『ガーベジ・イン、ガーベジ・アウト』(ゴミを入れれば、ゴミが出てくる)ということです。結局、専門家でなければAIを正しく使いこなせないと思います」と語った。
日本の研究環境への提言と今後の展望
日本の研究環境については「米国や中国が進めている研究を、日本が後追いしても意味がありません。そもそも日本の予算規模は1桁、2桁小さいです。米中が大掛かりにやっていることを、日本が追いかけても何も生まれないでしょう。日本しかやっていないことをやるべきです」と強調した。
研究費制度については「少なくとも医学や生命科学では、トップダウン型の資金が多すぎると思います」と述べ、「それぞれの研究者が面白いアイデアを出し、研究者同士が厳しく評価し合って良いアイデアにお金を出す、ボトムアップ型の研究費をもっと増やすべきです」と提言した。
今後の研究については「当分、現役です。研究室には大学院1年生を入れています。今はオレキシンそのものだけでなく、そこから発展した睡眠の基礎科学を探求しています」と語った。睡眠へのこだわりについては「一番大事なのは住宅性能です。夏は暑く、冬は寒い家で、良い睡眠が取れるわけがありません」と述べ、自宅では全館空調を導入し、温度分布をセンサーで測るなど「睡眠オタクになったかのようです」と明かした。
メディアで積極的に発信する理由については「日本では寝る間を惜しんで働くことが美徳とされていますが、我々専門家が常識だと思っていることとのギャップが大きいと感じています。その差を何とか埋めたいんです。睡眠がどれだけ大切かをもっと多くの人に知ってもらいたいですね」と語った。



