政治とカネに厳しく、利益誘導しないと言われた元首相の羽田孜氏。それでも選挙では圧倒的な強さを誇り、それを支えたのが後援会「千曲会(ちくまかい)」だった。「どぶ板」の活動でつけた力は、1993年の政権交代につながる選挙で一気に花開く。そこから30年の変化を描く。
外遊前の「餞別」に怒る
羽田孜氏は夏場の半袖スーツ「省エネルック」へのこだわりに限らず、頑固だった。外遊前に支援者らが「餞別」などを持ってあいさつに来れば、「おまえらのために行くんじゃない」と怒って追い返してしまう。羽田の秘書だった北沢英男(77)は「その後に追いかけて、支援者をなだめるのが秘書の仕事でね。苦労もしました」と笑う。
新幹線への強いこだわり
その一方、長野新幹線(現・北陸新幹線)へのこだわりも強固だった。北沢は、官房長官だった小渕恵三と羽田が、官房長官室で向かい合ったときの光景が忘れられない。直談判で怒りあらわに新幹線の整備をめざす集会に出席した羽田孜(中央)=支援組織「みすず会」の会報から。
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