「年金破綻論」はなぜ滅びないのか。年金積立金のない国の人々が「年金制度は破綻する」と考えているかといえば、そうでもない。どの国にも若者の年金不安はあるが、積立金の大小と不安の大小はあまり関係がないようだ。
日本は「世代間の支え合い」に積立金を確保する希有な国
日本はむしろ「世代間の支え合い」に「年金積立金」というバッファーを確保している希有な国といえる。もし、日本の年金積立金で不足だというなら、アメリカ以外の先進国の年金はすべて破綻するし、日本より人口が多い国の年金制度も破綻することになる。つまり、世界のすべての年金制度が破綻することになるだろう。
年金積立金の運用状況も好調である。2010年代によく見た破綻論では、日経平均株価が1万円を下回り続ければ、20年代に積立金が枯渇する、というようなシミュレーションもあったが、そういった記事を今読み返してみると、ある種の味わい深さがある。
積立金残高は約295兆円、運用好調が将来予測を好転させる
現実の株価はご存じの通りだが、25年度12月末の年金積立金残高は約295兆円である。前回の年金財政検証では、運用の好調ぶりが将来予測を好転すらさせている。
「ニュースでは『年金運用がマイナスに』という記事しか見たことがないけど……」と感じているなら、その感覚は半分だけ正しい。四半期の運用状況が低調なときだけ記事は大きくなり、好調なときは記事はほとんど出ないからだ。そしてニュースに出ないところで、国の年金運用は確実に資産を増やし続けている。
「事前積立方式」論者への反論
年金批判の中には、ひとりひとりの保険料を持ち分として明確にし、運用益を上乗せして、個人ごとの年金給付原資とするべきだという「事前積立方式」論を述べる人もいるが、これも無理のある批判だ。そもそも、そのような公的年金制度を全面的に実現した国はひとつもない。
「他国でそうしており、うまくいっているから日本でもそうしろ」というロジックならまだ分かる。しかし、どの国でも実現したことがない仕組みを日本だけ実現しようというのは、かなりの無茶振りではないか。
確かに、オーストラリアやシンガポールのように、個人が持ち分を管理する年金を、公的に運営する例はあるが、それは支え合いによる公的年金が力不足であるから上乗せをしているのだ。



