安土城の総石垣、先行モデルは観音寺城…「豊臣兄弟」舞台裏
安土城の総石垣、先行モデルは観音寺城

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」第25話では、織田信長(小栗旬)が安土城を完成させ、祝宴が開かれる場面が描かれる。安土城は1579年(天正7年)5月、3年の歳月を経て完成し、その壮麗な天主は天下人にふさわしい威容を誇った。しかし、古城探訪家の今泉慎一氏は「安土城の象徴である『天主』と『総石垣』は、いずれも信長の完全オリジナルではなく、先行モデルが存在した」と指摘する。

天主と総石垣の先行モデル

天主については、松永久秀の信貴山城(奈良県平群町)や多聞城(奈良県奈良市)の四重櫓が参考にされたとされる。一方、総石垣のモデルは、安土城から峰続きの山城にあった。それが観音寺城(滋賀県近江八幡市安土町石寺)である。

観音寺城:六角氏の居城

観音寺城は、戦国大名・六角氏の居城であり、安土城よりも先に総石垣を採用していた。今泉氏は「観音寺城の石垣は、安土城をはるかに凌ぐ規模と技術を持っていた」と評価する。尾根沿いに築かれた曲輪には、見事な石垣が今も残っている。

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観音寺城の遺構

伝・本丸付近には石垣以外にも、堀切や土塁などの遺構が良好な状態で保存されている。また、城内には個性的なレア石垣も点在し、城郭ファンにとって見逃せないスポットとなっている。新幹線の車窓からもそのシルエットを確認できる。

難攻不落の城の最期

観音寺城は難攻不落とされたが、1568年(永禄11年)に織田信長の上洛に際して六角氏が敗れ、城は落ちた。その後、信長は観音寺城の石垣技術を参考に、安土城を築いたとされる。

今泉氏は「観音寺城の総石垣は、安土城のそれよりも早く実現しており、戦国最先端の城郭技術を示している」と述べている。大河ドラマで描かれる安土城の背後には、こうした先人たちの技術の蓄積があったのだ。

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