佐渡島の金山追悼式、韓国3年連続不参加 隔たりの背景を現地で検証
佐渡島の金山追悼式、韓国3年連続不参加 隔たりの背景

世界文化遺産「佐渡島(さど)の金山」(新潟県佐渡市)の朝鮮半島出身者を含む全ての労働者の追悼式は12日、3年連続で韓国側が不参加のまま開かれた。一度は合意したはずの日韓の隔たりはどこから始まったのか。現地を歩きながら考えた。

韓国が不参加を決めた「第四相愛寮」跡地

朝鮮半島出身労働者が暮らした「第四相愛寮」の跡地。周囲は草がうっそうと生い茂っている。解説板は2025年3月に設置された。

うっそうと茂った竹やぶの先に、朝鮮半島出身労働者が暮らした三つの寮の一つ「第四相愛寮跡」があった。韓国側が、2024年の追悼式の不参加を決め、独自の追悼式を開いた場所だ。

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日本側の取り組みと残る課題

日本側は25年3月には跡地に解説板を新設。26年3月、道中にある案内板に、新たに寮の跡地の位置を加えた。だが、一部の跡地は誰かの案内なしにたどり着くのは容易ではない。

佐渡市議の荒井真理さん(61)は希望者に年に10回ほど寮の跡地などを案内するほか、跡地の草をむしったり、朝鮮半島出身労働者の一次資料を探す活動をしている。「日本側には、まだまだ出来ることはあるはずだ」と話す。

政府代表の追悼の辞と今後の焦点

12日の「『佐渡島の金山』追悼式」で、政府代表の外務省の浜本幸也・国際文化交流審議官は「追悼の辞」を読み上げた。

「朝鮮半島の労働者の方々は、戦争という特殊な社会状況とはいえ、故郷から遠く離れたこの地で、坑内の危険で過酷な環境の下で困難な労働に従事された。終戦まで故郷に戻れず、さらには残念ながらこの地で亡くなられた方々もおられる」

2024年の初の追悼式から続く韓国側の不参加という事態を受け、日韓間の溝をどう埋めるかが今後の課題となる。

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