スポーツを国際平和にどう生かすか。山下泰裕氏にその道を示したのは、東海大学を創立し国際柔道連盟会長も務めた松前重義氏だった。松前氏は官僚・政治家として戦争を経験し、原爆投下直後の広島調査団長も務めた。戦争再発防止には、ロシアや東側諸国とのパイプをつなぎ、スポーツで交流することが重要と考えていた。1980年モスクワ五輪がボイコットで揺れる中、山下氏は国際柔道連盟会長として視察に同行した。
プーチン大統領との出会い
こうした背景から、ロシアのプーチン大統領とのつながりが生まれた。プーチン氏は柔道を好み、サンクトペテルブルク副市長時代の初来日時に講道館訪問を希望。2000年に大統領として再来日した際も講道館を訪れ、当時の森喜朗首相らとともに山下氏も出迎えた。
外務省からの打診と賢人会議
2002年、外務省から突然の打診があった。翌年の小泉純一郎首相とプーチン大統領の首脳会談に際し、「お土産」代わりに柔道を通じた協力を依頼されたのだ。2004年には「日露賢人会議」委員への就任も依頼された。
賢人会議では、一橋大学柔道部出身で当時経団連会長だった奥田碩氏との知己を得た。山下氏は国際柔道連盟理事も兼ね、柔道着などを途上国に贈る活動の資金集めに奔走していた。奥田氏は「組織を作り人々に協力してもらえば限られた時間を有効に使える。僕の名前だったら使っても構わない」と支援を申し出た。これが2006年のNPO法人柔道教育ソリダリティーの設立につながった。



