国土交通省が北陸新幹線の敦賀~新大阪間について、新たな費用便益比を試算したことが明らかになった。自民党(自由民主党)と日本維新の会の連立政権発足を受け、与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(与党PT)に加わった維新が8ルートの再検討を求めていた。朝日新聞電子版(6月18日付)によると、再試算された「敦賀~新大阪間」の費用便益比は以下の通り。
- 小浜・京都ルート:0.5
- 亀岡ルート:0.6
- 米原ルート(直通):0.7
- 米原ルート(乗換え):1.0
- 湖西ルート(新設):0.3
- 湖西ルート(在来線活用):0.5
- 舞鶴ルート(京都経由):0.3
- 舞鶴ルート(亀岡経由):0.4
小浜・京都ルートは京都駅の位置によって南北ルートと桂川駅ルートに分かれるが、試算結果は同じとのこと。8ルート中、費用便益比1.0を満たしたのは米原駅で東海道新幹線に乗り換えるルートのみだった。米原ルートを推す維新にとっては納得の結果といえる。
東京~新大阪間の試算では小浜・京都ルートが優位
ただし、国土交通省は新たに東京~新大阪間も試算した。敦賀~新大阪間の役割はこの区間だけでなく、北陸3県をはじめ、長野県、群馬県、埼玉県と京阪神を結ぶ役割もある。朝日新聞電子版によると、東京~新大阪間の費用便益比は以下の通り。
- 小浜・京都ルート:1.1
- 亀岡ルート:1.0
- 米原ルート(直通):1.0
- 米原ルート(乗換え):1.0
- 湖西ルート(新設):1.0
- 湖西ルート(在来線活用):1.0
- 舞鶴ルート(京都経由):1.0
- 舞鶴ルート(亀岡経由):1.0
小浜・京都ルートが1.1とわずかに上回り、他の案は1.0だった。どのルートを選んでも1.0を満たす中で、小浜・京都ルートが優位に見える。これは国会の質疑で自民党が示した「北陸新幹線全体の収益を生かして整備を進める」との見解にも沿うが、与党PTとしては求めていないデータを出されたことになる。米原ルートを推したい維新にとっては不本意だろう。与党PTのうち、自民党は2016年に決定した小浜・京都ルートを堅持したい。一方、維新は再検討の結果、米原ルートを主張する。両者とも自らの主張を裏づけるデータとして受け止めているように見える。
費用便益比だけでは決まらないルート選定
福井テレビWeb版(6月19日配信)によると、与党整備検討委員会の委員長を務める自民党の西田昌司氏は、「そこ(費用便益比)が決定ポイントではなく、大事なのは他の要素で滋賀県知事やJRが要らないと言っていること」と述べた。一方、維新の前原誠司氏は、「一体評価では1を上回っているが個別では下回っていることについて首長の話を聞かないと、ルートを決めるには至らない」と語った。つまり、今回の国土交通省による試算は、「どのルートを選んでも、とらえ方によって1.0以上になりますよ」ということを示したにすぎない。
費用便益比1.0以上はルート決定にあたって合格ラインのひとつでしかなく、ルートの優劣は他の要素も検討される。費用便益比1.0をクリアしているのであれば、乗換えを少なくしたほうが楽だ。費用便益比が高くても乗換えが必要なら、その便益は「利用者に乗換えを強いた結果」である。また、沿線の人々に不利益を強いるなら、建設にあたっての合意形成はできない。
費用便益比の仕組みと限界
費用便益比は、建設費(費用)と、新幹線がある場合とない場合の利用者・JR・社会の便益合計(便益)の比率である。利用者の便益は移動時間短縮と迂回解消による交通費用減少、JRの便益は収益改善が基本で、範囲を広げて乗換えの有無、混雑緩和、CO2排出量低減、有害排出物低減、交通事故減少なども加味する場合がある。ただし、観光客増加や沿線のホテル・飲食店の収入、企業誘致といった経済効果は加味されない。沿線地域の活性化や国策のために、費用便益比が低くても整備新幹線が建設される可能性がある。
実際、京都~新大阪間では費用便益比1.08の北回りルートではなく、1.05の松井山手ルートが選ばれた。既存鉄道との接続やネットワーク充実、松井山手駅周辺の地域開発の潜在力が加味されたためだ。こうした事情が、西田氏と前原氏の「費用便益比がすべてではない」という発言につながった。
費用便益比以外の争点
北陸新幹線の敦賀~京都間は2016年に小浜・京都ルートで決着。2017年に京都~松井山手~新大阪のルートが決定した。2024年末に詳細ルートを決定し、早ければ2025年に着工する見通しだったが、京都駅付近のルートが決まらず関係自治体の合意を得られないまま時が過ぎた。そこで、くすぶっていた米原ルート案が再び取り沙汰され、2026年の衆院選後、維新が与党に加わると8案の検討が始まった。
米原ルートの利点として「工期が早い」「建設費が少ない」などが挙げられたが、「工期」に着工までの合意形成期間は含まれておらず、小浜・京都ルートで進んでいる環境影響調査も未着手だ。通過自治体の滋賀県は「新幹線を求めていない」と表明し、JR西日本は小浜・京都ルート支持を変えていない。JR東海も北陸新幹線の米原~新大阪間乗り入れは不可能という立場だ。3者とも記者会見で同じ回答を繰り返している。
小浜・京都ルートと米原ルートの費用便益比以外の争点は、「工期」「合意形成」「京都地下水問題」「自治体の費用負担問題」に絞られる。このうち「工期」は着工条件がそろうまでの期間を入れると米原ルートが不利だ。「京都地下水問題」については、今年3月に鉄道・運輸機構が「影響は軽微」「シールド工法を採用すれば水位や水質への影響は予測されない」との調査結果を示している。
残る要素は「合意形成」と「自治体の費用負担問題」だ。米原ルートでは滋賀県、小浜・京都ルートでは京都府の理解が得られるかが課題である。
滋賀県と京都府の合意形成の見通し
筆者は、米原ルートについて滋賀県が合意する可能性は低いと考える。米原ルートを推す議論では、滋賀県や米原市にもたらすメリットの説明が不十分だ。「北陸のため、日本の国土発展のために米原接続が必要」と説得すれば、滋賀県も話し合いに応じるかもしれないが、米原の地名を頻繁に出す割には米原市を大切に思っていない印象を受ける。
京都府は小浜・京都ルートを支持しており、問題は費用負担に絞られたと言っていい。ほぼ全区間となるため建設費は大きく、京都府にとって北陸各県と乗換えなしで移動できる利点がどれだけあるか、その価値と負担費用のバランスが問われる。
そこから先は政治的な交渉になる。京都府の負担分を下げるため、整備新幹線の地域負担の枠組みを変える必要がある。変えられないなら、負担軽減に値する他の手当が必要だ。関係者から「函館市が新函館北斗駅に納得した理由は、国や道が代替支援策を提示したから」と聞いたことがある。また、東京~新大阪間の費用便益比を出したことで、北陸3県や長野県、東京都まで追加負担に応じられるかが課題となる。
京阪神と北陸地方には歴史的な物流の歴史があり、北陸新幹線の全線開通は大きな意味を持つ。しかし、立ち止まっている間に建設費は高騰し、政策金利の上昇で社会割引率も上がる。人口減少によって便益の算定要素も低くなる。慎重な議論も大切だが、対話のスピードを上げないと、どのルートを選択しても費用便益比が1.0を下回りかねない。議論のブレーキを踏み続ける人々の責任は重い。



