ノーベル委員会は9日、2026年のノーベル平和賞を、国際刑事裁判所(ICC)や国際司法裁判所(ICJ)で裁判官を務めたナビ・ピレイ氏に授与すると発表した。フリドネス委員長は授賞理由を述べる中で「国際法を擁護する機関はいま、巨大な圧力や制裁、攻撃にさらされている。平和な世界の礎は国際法の強化にあることを世界に改めて訴えたい」と述べ、法の支配が脅かされる現状への危機感を示した。
米国の圧力とノーベル委の選択
今回の平和賞をめぐっては、個人の戦争犯罪を裁くICCや国家間紛争の法的解決を目指すICJが事前の有力候補に挙がっていた。一方で、トランプ米政権がICCへの圧力を強める中、授賞のハードルは高いとの指摘もあった。
トランプ大統領は「私に国際法は必要ない」と公言。今年7月にはルビオ国務長官が「ICCを解体する」と宣言し、8月にはICCの赤根智子所長らを制裁対象にした。ICC関係者によると、米国からの追加制裁が近くあるとして警戒が強まっていた。
仮にICCへ授与していれば、さらなる制裁やノーベル委員会関係者への圧力、米国とノルウェーとの外交問題に発展する恐れもあった。ピレイ氏への授賞は、米国の反発を抑えつつ、政治的圧力に屈せず法の支配と多国間秩序を支えるというノーベル委員会の覚悟を示したものと言える。
前年の批判と一線を画す選択
フリドネス委員長は朝日新聞のインタビューで「今年の平和賞は、国際法を支えるすべての人々への賞でもある」と述べ、「制裁や攻撃に責任を負う者たちへの明確なメッセージだ。国際法が平和への礎であるということを、私たち自身に、世界に、そして政治指導者たちに改めて認識させなければならない」と強調した。
今回の選考には、前年の「批判」が影響した可能性がある。ノーベル委員会は2025年、米共和党関係者が推薦したベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏への授賞を決めた。だが26年1月、米国はベネズエラに軍事侵攻し、国際法違反との指摘が広がった。マチャド氏はトランプ氏の行動を支持し、平和賞のメダルをトランプ氏に「贈呈」した。
ノーベル委員会は「メダルの所有者が変わっても、受賞者は変わらない」とする声明を発表。元ノルウェー外務副大臣でオスロ大教授のヤンネ・マトラリー氏が「まったく前代未聞だ。賞への敬意が完全に欠けている」と発言するなど批判が相次いだ。それから1年、委員会が選んだのはトランプ政権が攻撃の矛先を向けるICCの裁判官だった人物だ。権力者も法の前では例外ではないという原則を体現してきたピレイ氏への授賞は、前年とは明確に一線を画す選択となった。
ピレイ氏の歩みと「法は希望のともしび」
ピレイ氏は9日、ドイツのニュルンベルクで国際司法イベントに出席し、受賞の喜びを語った。出席者である国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの事務局長がSNSに投稿したスピーチ動画によると、集まった人々の拍手に満面の笑みで応じ、「もう少し拍手をいただければ、この賞をトランプ氏と分け合うかもしれません」と述べ、笑いを誘った。自らこそ平和賞にふさわしいと主張し、国際司法と対立してきたトランプ氏への皮肉を込めた形だ。
国連などによると、ピレイ氏は南アフリカ南東部ダーバン出身。1967年、アパルトヘイト政策下の南アで法律事務所を開設し、後に初の黒人大統領となるネルソン・マンデラ氏ら、ロベン島の監獄に収容された黒人らの権利のために闘った。ルワンダのジェノサイドをめぐる国際法廷では裁判長を務め、2003~08年にはICCの裁判官を務めた。ICCによると、コンゴ民主共和国やウガンダ、スーダン西部ダルフールでの戦争犯罪や人道に対する罪などの審理に関わった。
現在はICJで特任裁判官として、ミャンマーによるロヒンギャへの行為がジェノサイド条約違反にあたるかが争われている訴訟を担当。昨年9月には国連人権理事会の独立調査委員会の委員長として、イスラエルがガザで「ジェノサイド」を行ったと認定する報告書を発表した。イスラエル外務省は「歪曲された虚偽の報告書だ」と反発している。
SNS投稿のスピーチでピレイ氏は「この報告書に対する大きな反応の一つは、私の勇気をたたえるものでした。私がどれほど驚いたか想像できますか。真実を語るのに、なぜ勇気が必要なのでしょうか。法を解釈し、全ての事実を検証する。それは公平な意思決定なのです」と語った。
ピレイ氏は昨年、オーストラリアでの講演で生い立ちを語っている。祖父母はインドから南アへ渡り、「年季契約労働」のもとサトウキビ農園で過酷な条件で働いたという。ピレイ氏は講演で、マハトマ・ガンジーがその労働条件を「半奴隷」と表現したと紹介した。父親はバスの運転手、母親は専業主婦で裕福ではなかったが、両親は「すべての人に機会が与えられるべきだ」と考え進学させた。学校の教師たちの呼びかけで住民たちがお金を出し合い、大学進学費用を支援したという。
ピレイ氏は講演でコミュニティーへの感謝を述べ、「私の家族には裁判官が2人、学校長が2人いる」と語った。学生時代の南アでは、白人ではない女性が法学を学び法曹を目指す例は極めて少なく、大学卒業後も就職差別に直面し、白人が運営する法律事務所に採用を拒否された。そこで1967年に自ら法律事務所を開いた。
ピレイ氏は講演で「私の物語は、私一人のものではない。どんなに暗い時代であっても、法は希望のともしびになり得ると信じたすべての人々の物語でもある」と述べた。インドと縁の深い平和賞受賞者にはマザー・テレサ氏やカイラシュ・サティヤルティ氏がいるが、ピレイ氏は国際法と人権擁護の分野からその系譜に新たな名を連ねた。