慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)は、開設当初から革新的な教育で知られるが、その舞台裏には「コンピューター外語専門学校」と揶揄されるなど、誤解や批判もあった。略称を「KFC」とする案が却下された経緯や、就職後の「不適応」という評価の背景を振り返る。
「未来からの留学生」と呼ばれたSFC生
90年代後半、SFC生は就職してもすぐ辞める、協調性がないと批判された。しかし、この批判は「未来からの留学生」だった証と言えるかもしれない。現在では、就職3年以内に離職する大卒は3人に1人という時代になり、企業文化が合わなければ我慢せずに転職するという価値観が強まっている。上司の酒に付き合わない部下よりも、飲みに誘う上司の方が非難される時代だ。97年に“不適応”と書かれたSFCの塾員は、時代を先取りしすぎただけだったのかもしれない。
都心回帰の流れに抗うSFC
2002年に工場等制限法が撤廃され、多くの大学で都心回帰が進んだ。SFCと同時期に郊外キャンパスに新設された学部が学生集めに苦労し、都心へ戻るケースもある。しかし、SFCにはその動きはない。1990年代ほどの勢いはなくとも、一般選抜・AO入試ともに入試倍率は4〜7倍程度で、受験生から安定した人気を集めている。
都心回帰どころか、2001年には看護医療学部を新設し、2020年には滞在型の教育研究施設、2023年には学生寮が敷地内に完成した。まるで遠藤の地に根を張り続けているかのようだ。
遠藤の街とSFCのこれから
一方、遠藤の街は開設当時からあまり変わっていない。2017年にはSFCと連携した湘南慶育病院ができたが、SFC付近に駅ができる予定の相鉄いずみ野線の延伸は、いまだ実現していない。SFCを遠藤に誘致した元藤沢市長の葉山峻氏が「健康と文化の森」と名付けてから40年、構想はまだ途上にある。
SFCには、正式名称はガリバー池だが、鴨が多く集まることから「鴨池」と呼ばれる調整池がある。学生たちはこの鴨池の周辺でランチを食べたり、友達と過ごすことを「カモる」と呼び、その思い出を語る塾員は多い。SFC生にとって鴨池は母校の象徴だ。
筆者が訪れた際は、熱中症警戒アラートが出るような日だったためか、鴨池に鴨も学生も見当たらなかった。象徴的な光景を見られなかったのは残念だが、SFCが遠藤に存在する限り、また見る機会もあるだろう。そんな思いを胸に、ツインライナーに乗り込んでSFCを後にした。



