被爆したマレーシア人留学生の長男、家族と広島訪問「戦争の痛みは同じ」
被爆留学生の長男、家族と広島訪問「戦争の痛みは同じ」

戦時中に広島で被爆したマレーシア人留学生アブドゥル・ラザクさんの長男、ズルキフリ・アブドゥル・ラザクさん(74)が家族と共に来日し、20日、広島市の平和記念資料館を訪れた。企画展「被爆した東南アジアの留学生―国を超えた友情―」を見学した。

父の足跡をたどる

ラザクさんは1944年、当時のマライから来日し、広島文理大(現・広島大)に留学。爆心地から1・4キロの広島高等師範学校の教室で数学の授業中に被爆した。崩れた校舎の下敷きになったが脱出し、被爆して苦しむ市民の救助に当たった。戦後はマレーシアで日本語教育に携わり、被爆体験や留学中の経験をマレーシアで伝えた。

ズルキフリさんはこの日、ラザクさんの写真や被爆した場所を示す地図に見入り、スマートフォンで写真に撮るなどした。ラザクさんが被爆直後に出会った、広島女学院専門学校の生徒だった栗原明子さん(100)に宛てた手紙も展示されており、ズルキフリさんは「初めて実物を見ました」と話した。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

「広島は私の第二の故郷」

企画展では、ラザクさんが残した「私にとって、あの広島での出来事は私の生涯において最も重要な歴史となっております。広島は私の第二の故郷であり、広島の人々は私の家族であると考えています」という言葉も紹介されている。

ズルキフリさんは「ここに来て、私が知らないことがたくさんあると改めて感じます。私が知りたいのは父が戦争をどう見ていたのかということです。戦争の痛みや苦しみは日本人かどうか、マレーシア人かどうかにかかわらず同じだということです」と話した。

若い世代への警鐘

また、「戦争が何を意味するのかを理解していない人が増えると問題は拡大します。現在も世界には多くの戦争があり、若い世代は戦争をスクリーン上の映画のように見ています。血も、叫びも、現実の痛みも見えないのです」とも語った。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ