秋篠宮ご夫妻、パラグアイ訪問の印象を公表「有意義な旅。大変思い出深い地となった」
秋篠宮ご夫妻、パラグアイ訪問の印象を公表

パラグアイを公式訪問していた秋篠宮ご夫妻は26日、帰国された。ご夫妻は宮内庁を通じて、18日からの訪問の印象を公表された。全文は次の通り。

「パラグアイ日本人移住90周年」の機会に

「パラグアイ日本人移住90周年」の機会に、サンティアゴ・ペニャ・パラグアイ大統領閣下からのご招待をいただき、パラグアイ共和国を20年ぶりに、そして今回は二人で訪問できましたことを大変嬉しく思っております。到着後、英雄廟において献花をいたしました。三国同盟戦争(1864~1870)とチャコ戦争(1932~1935)で命を落とした人たちが祀られている廟です。献花後に廟内を案内していただきましたが、南米史上最も苛烈な戦とされる三国同盟戦争時にはパラグアイの男性の9割が命を落とし、子どもも戦争にかり出された歴史があることの説明を受けました。廟内に安置されている小さな柩にも心が痛みました。

夕刻には、パラグアイ在住の邦人やJICAの関係者(専門家や協力隊員)と懇談する機会をもちました。それぞれの立場でパラグアイに貢献している様子を聞き、日本とパラグアイの関係に尽力していることを改めて感じました。

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ペニャ大統領ご夫妻との交流

2日目には、ペニャ大統領ご夫妻を表敬いたしました。今回の訪問は、昨年5月に来日された大統領閣下から直々にオファーをいただいたことに端を発します。この度、お目にかかるのが2度目になり、親しくお話しをするよい機会となりました。ペニャ大統領閣下は、冒頭の懇談の場所で大統領執務室に飾られている肖像画について詳しくお話しくださいました。その後、「クニャ・グアパ」の展示、伝統工芸であるニャンドゥティとアオポイの製作の実演をご案内いただきました。

引き続いて行われた午餐会においても、大統領ご夫妻とさまざまなお話しをすることができ、日本との関係をとても大切に思われていることが、お話しの端々から伝わってきました。その後に訪れた港文化センターでは、パラグアイの伝統的な手工芸品の実演を見学し、パラグアイの伝統的な音楽のひとつであるグアラニアの演奏を鑑賞する機会に恵まれました。そして、日本が供与した河川の浚渫船のお披露目式も同じ場所で行われ、大統領ご夫妻もご出席になりました。この浚渫船がパラグアイの重要な輸送を末永く担うことを願っております。

90周年記念式典と移住地訪問

その翌日には、パラグアイ日本人移住90周年記念式典に参列しました。最初に慰霊碑に献花し、農産品などの物産展・移住の歴史を紹介する写真展を見学した後、ペニャ大統領ご夫妻並びに国内各地から参加した日本人移住者や日系人の方々とともに式典に出席しました。式典に続いて行われた祝賀会では、移住の歴史を振り返る動画、デュオのプラヘイ・ソウルの歌や日本と関係のある4つの学校による合同の合唱などが披露され、和やかな雰囲気の中、移住90年という節目の年を多くの出席者とともにお祝いすることができたことは嬉しいことでした。また、祝賀会にも大統領ご夫妻が出席してくださり、この90周年をとても大切に思ってくださっていることに感銘を受けました。

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その後、日本と関わってきたパラグアイの方々や、全国から集われた多くの日本人移住者・日系人の方々とお話しする機会がありました。各々の分野で日本との関係を大切にされてきたパラグアイの方々からは、自身の日本との関わりや日本への思いを伺いました。また、困難を克服して、事業を成し遂げ、もって、パラグアイ人の信頼を確立してこられた日本人移住者・日系人の皆さまからは、出身地や移住した当時のこと、これまでの経験や、現在の暮らしぶりなどについて貴重なお話しを伺いました。

日本とパラグアイとは地理的に離れていますが、とても親しい関係を築いています。これは両国の関係者や両国民の努力の賜物であり、また、両国の架け橋として活躍する日本人移住者・日系人の人々の貢献によるところが大きいと感じました。

二つの移住地を訪問

今回、かつて日本人が移住した居住地を訪れることも目的の一つでした。前回、文仁が訪ねた際には、最初の移住地であるラ・コルメナのみの訪問でしたが、今回は最も新しい移住地であるイグアスも訪ねることができました。本当は6つある全ての移住地に行ければよかったのですが、時間の都合上、上記2つの訪問となりました。

日本人が最初に移住したラ・コルメナでは、日本語学校の子どもたちの元気な歌声で迎えられ、日本人会の方々が並んで迎えてくださった道を進み、拓殖記念碑を見学しました。続いて、慰霊碑に花を手向けました。その後、近年JICAの草の根プロジェクトで、農村女性のエンパワーメントのために作られた観光情報センター「IKOI」において、商品等の説明を受けました。

日本人移住者と日系人の1世から4世の方たちとお話しをする機会もありました。昔は原生林という厳しい自然環境のもとで開拓を成し遂げ、パラグアイの発展に大きく貢献してこられた日系人の皆さまの足跡の一端に触れることができました。また、若い世代の方からは、日本が有するよい文化を次の世代に繋げていきたいとの話しがあり、両国の友好関係の深化に寄与する人たちの存在を感じました。お昼には、ラ・コルメナ日本文化協会が昼食会を催してくださり、パラグアイの日系社会に伝わる日本食や、日本語学校に通う子どもたちによる歌で、心のこもったおもてなしをいただきました。午後には田中秀穂写真記念館に行き、かつてのパラグアイの様子や当時の道具や生活用品、その時代の医療機器などを見学しました。

次に訪れたイグアスでは、はじめに日本人会や日本語学校の子どもたちに迎えられて中央公園に行き、上皇上皇后両陛下が1978年に植樹されたラパーチョとサクラを見学しました。48年を経て大きく成長している樹に、時の流れを感じました。その後、霊園にある慰霊碑に献花をし、東京農業大学の記念碑を見学した後、移住資料館を見学しました。初期の頃からの写真や農機具・家財道具、祭りで使う御神輿などが展示されており、移住の歴史を改めて学ぶ機会となりました。また、日本語学校の校庭で子どもたちと一緒にラパーチョとサクラの植樹をおこない、お話ができたことも嬉しいことでした。

昼食会場であるイグアス日本人会館の玄関付近には、10年前にイグアスを訪れた長女が植えたサクラの樹の花が咲いていました。そのサクラを見た後、アルト・パラナ県日本人移住者と日系の方たちが昼食会を催してくださり、鬼剣舞、ボトルダンスや和太鼓を披露してくださいました。そして、日本人会の婦人部お手製のお弁当を美味しくいただきました。午後には、アルト・パラナ県、具体的にはイグアスとシウダー・デル・エステ在住の日本人移住者と日系の方たちと懇談の機会をもちました。1世の中には、1936年に始まった最初の移住者としてパラグアイへ渡った方もおられました。移住当時の話やその後のパラグアイでの暮らしなど、さまざまな話を伺い、私たちも往時に思いを馳せました。また、若い世代の方たちともお話しができました。日本での研修に参加したことや今後の農業について考えていることなどを話してくださり、農業の将来を考える機会にもなりました。

学校訪問と今後の祈念

今回、日本語や日本の文化の教育に力をいれているニホンガッコウと日パラグアイ学院という二つの学校を訪れたのも感慨深いことでした。この二つの学校からは、これまで在校生が何度も日本に研修で訪れており、その際に私たち家族とも交流の機会がありました。今回は、パラグアイでそれぞれの学校を訪問し、授業などの様子を拝見するとともに、在校生と交流することができたのは嬉しいことでした。また、現地の日本人学校も訪問し、その折りには、児童・生徒たちが、軽やかなパラグアイのダンス(ダンサ・パラグアージョ)を披露してくださいました。学校行事やパラグアイでの生活の様子も伺い、現地で、さまざまな経験をつんでいることも心に残りました。

パラグアイ日本人移住70周年の年には文仁がパラグアイを訪問し、80周年の年には長女が記念式典に参列したほか多くの移住地を訪れ、そして今回の90周年は二人で訪問いたしました。5泊の滞在の間、首都アスンシオンのほか、ラ・コルメナとイグアスという2つの移住地を訪れ、日本人移住者や日系人の方々のこれまでの歩みや現在の活躍の様子を伺うとともに、さまざまな立場で両国関係に尽力している方たちとも交流をすることができ、印象深く、かつ、有意義な旅となりました。20年の時を重ねてきたことを思うと、私たちにとって、パラグアイは大変思い出深い地となったと申せましょう。

今次訪問にあたっては、ペニャ大統領閣下ご夫妻ならびに政府関係者から大変丁寧にお迎えいただくとともに、行く先々で日系人を始め多くの人たちに温かく迎えて頂き、ありがたく思っております。私たちの訪問に際し、力を尽くしてくださり、心を寄せてくださった多くの方々に感謝の意を表します。この90周年を里程標として、パラグアイの日本人移住者・日系人の方々がこれからも国の発展に尽くされるとともに、日本とパラグアイとの友好の架け橋として一層ご活躍をされること、そして両国の友好親善関係がさらに深まることを心から祈念しております。