三重県御浜町が「年中みかんのとれるまち」とPRし、町外からミカン農家を志す人を呼び込む取り組みが5年目を迎えた。研修生として36人が移り住み、うち30人が独立するなど成果が出ている。町は2033年度までに100人の後継者育成目標を掲げている。
研修生36人、30人が独立 町のPR戦略が奏功
御浜町は水はけの良い土壌と温暖多雨な気候でミカン栽培が盛ん。段々畑がほとんどなく緩やかな平地で栽培するため、主要産地の和歌山や愛媛に比べ作業しやすい環境だという。
超極早生温州ミカン「味一号」は他品種に先駆け9月から収穫でき、全国トップクラスの高値で取引される。しかし後継者不足や高齢化で、農家人口は1995年の3485人から2020年には662人と5分の1以下に減少。かんきつ類の生産量もピーク時1987年の2万6563トンから、2025年には7430トンと3分の1以下に落ち込んでいる。
町は2022年、専用ホームページを開設し「移住」と「就農」をセットにした情報発信を開始。ミカン農家の所得額や研修・支援制度、農家インタビュー動画を掲載し、仕事内容や独立までの道のりをイメージできるよう努めてきた。
移住者たちの声 研修から独立への道
三重県菰野町出身の宮崎政孝さん(29)は、御浜町のホームページをきっかけに移住を決めた一人。釣りが趣味で同町に通い、移住を考えていた2年前にインタビューを見て「やってみたい」と決意し、4月から研修を受けている。「地味な作業が多くて大変だが、小さな実が日に日に大きくなると感動する」と話す。
上野彩高さん(22)は3月に大学を卒業後、神奈川県藤沢市から移住。大学で農村のコメ作りを研究しコメ農家を志望していたが、「味一号」が印象深く、温暖な土地を求めて御浜町へ。「自然相手なのでまだ慣れないが、1年をかけてのモノ作りはあまりないので楽しい」と語る。2人は1〜2年の研修後に独立する予定だ。
町によると、年1〜2人だった新規就農者は年5〜6人に増加。畑は後継者不在の農家から譲り受けることもあり、独立1年目の売上高が1000万円超の移住者もいるという。
駅舎もミカンイメージに 地域活性化を後押し
町農林水産課の仲村和彦課長は「新規就農者の体験の発信が、今後移住したいと思っている人の不安を和らげていると感じる。より安心して移住できる態勢を整えたい」と話している。
JR東海は、JR紀勢線の阿田和駅舎(御浜町)を町特産のミカンをイメージした待合所に建て替える。木造平屋の現駅舎は1939年に建設され老朽化が進行。12月から工事に入り、待合所は来年4月末までに完成予定だ。鉄骨平屋建てで、羽板を円形配置して丸みを持たせミカンのような外観に。内部は暖色系照明を設置する。JR東海は「御浜町らしさが伝わるデザインにしたい」としている。



