心が痛むニュースとの向き合い方 ジャパンハート吉岡秀人氏が語る情報の力
心が痛むニュースとの向き合い方 吉岡秀人氏が語る情報の力

SNSを開けば、テレビをつければ、スマホを見れば、世界中のニュースや誰かの意見が次々と流れてくる時代。戦争や災害、感染症、事件など、心が痛むニュースを目にするたびに、気分が落ち込んだり、何もできない自分に無力感を抱いたり、情報を遮断したりする人も多い。しかし、身近にある情報との出会いが、その後の人生を大きく変えることもある。

「テレビの報道」が医者を志すきっかけに

「医療の届かないところに医療を届ける」を理念に国内外で活動する「ジャパンハート」創設者・最高顧問の吉岡秀人氏。ミャンマー、カンボジア、ラオスなどで活動を続け、これまで延べ4,500人以上の医療者が彼の活動に参加し、無償治療は40万件を超えている。

吉岡氏は、中学時代にテレビに映った「飢えに苦しむアフリカの子」の映像が強烈に印象に残り、そこから医者を志したという。彼は当時を振り返り、「テレビを見た当時は多分『救える』とも思ってないし、『医者になれる』とも思ってなかったです。でもそのとき見た映像が強烈に印象に残っている。それが僕の個性であり、才能であるのではないかなと思っています」と語る。

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「良質な情報」とは何か

中学時代の吉岡氏の感性が強く反応したのがテレビの映像だった。SNSなどで誰もが情報を発信できる現代において、「良質な情報やコンテンツ」とはどのようなものか。吉岡氏は「良質なコンテンツがあるとすれば、『世の中にとってプラスの効果を生み出すコンテンツ』だと思う。そして少しでもプラスの効果を生み出すと思ったらそれを世に発信するだけで良い。不思議と世の中に出たら、その情報の塊が『生き物』のように動いていく」と語る。

自身もメディア出演や出版を通じて、多くの人が彼を知り、医療従事者を目指すようになったという。吉岡氏は「情報を発信した人たちは必ずしも『医療従事者を増やそう』と意識して世に出したわけではない。それでも何かプラスになることがあるはず、と信じて情報を発信した。そして受け手がそこに反応した結果、プラスの効果が生まれた」と述べる。

自身が中学時代に見たテレビの映像も同じだ。「情報の作り手がどう思っていたかはわかりませんが、それでも『意味がある』と思って発信した。それに何かの縁で僕が反応して、今はジャパンハートという組織として仲間が増え、結果として子どもたちにプラスの効果が生まれた。それが情報を届けることの良いところだと思います」と語る。

「心が痛むニュースへの向き合い方」に悩む人へ

戦争や災害、感染症など、心が痛むニュースを目にする機会が増えた昨今。マイナビニュースでは、2026年6月24日、20~40代の会員302名を対象に「心が痛むニュースへの向き合い方」に関するアンケートを実施した。その結果、「戦争や災害のニュースを見るたびに胸が苦しくなりますが、自分に何ができるのか分からず、結局何もできないまま日常に戻ってしまいます。この無力感とどう向き合えばよいのでしょうか」(40代/女性/広島県)や「戦争のニュースを見ると胸が痛くなるけど、自分には募金くらいしかできないし、対岸の火事のようにも感じてしまう。そう思ってしまう自分は冷たい人間だと自己嫌悪に陥る」(40代/女性/青森県)といった声が上がった。

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これに対し吉岡氏は、「寄付をする人は、『寄付で、たとえ少しだとしても世界が変わる』と思っているから行動する。上記のような悩みを抱える人も『行動こそ、自分の周りの世界を変える力』だと理解し、そして『変えたい』と思っているから悩んでいるのではないでしょうか」と指摘する。そして「『コンビニの募金箱に毎週1回は募金する』『ボランティアに参加してみる』など、小さなことでも『自分の行動で少しでも何かが変わりそう』と思ったのなら、動いてみるといいのではないかと思います。そうすることで自分の世界観も変わってくるはずです」とアドバイスする。

「理想の職業と現実の職業」で悩む人へ

本当に就きたい仕事や夢はあるものの、収入面で諦めてしまう人も多い。吉岡氏は「ダブルワークをするという選択肢もあって良い。得意なことはいくつか持っていたほうが良いと思う」と語る。

彼は自身の経験を「ポール理論」で説明する。「例えば、僕は『子どもの手術』が得意。これはもうポールが1本立っている状態。そして仮に日本一手術の腕が良かったとすると、ものすごい高いポールになる。でももっと高いポールの人もいる。1本しかポールが立たないと、そのポールの上下関係の中のヒエラルキーで生きていくことになる。一方で、他にも僕はプログラミングができるとする。そうするとポールが2つになり、2つのポールをつなぐと面ができる。この面が僕のテリトリー。さらに、ミャンマー語などマイナー言語がペラペラだったとする。そうすると、ポールが3つになる。3つのポールをつなぐと立体になる。立体になると『体積』が生まれ、この体積が僕の能力、そして立体の形が僕の個性になる」と述べる。

外科医で、プログラミングが得意で、ミャンマー語も話せる人となると「ほぼ自分だけ」になる。ポールの分野が離れていれば離れているほど面積や体積が広がり、可能性が広がる。そしてポールが1個消えたとしても、「自分には他のポールがある」と思える。ただし、ポールを増やすには時間と努力が必要であり、「興味があることややりたいことは諦めずにやり続けると良い」と結ぶ。

今回話を聞いた吉岡秀人氏の歩みを描いた絵物語『小児外科医 吉岡秀人物語 ボクが行かんと誰が行く』(講談社)が6月23日に発売された。「落ちこぼれ」だった吉岡少年が医師となり、困難に立ち向かい、世界の子どもたちの命と心を救い続けていく物語が描かれている。