18歳で葬儀の道へ
葬儀会館「ティア」を展開するティアの冨安徳久社長は、18歳で大学入学を辞退し葬儀の世界に飛び込んだ。祖母から「自立しなさい」「人の役に立つ仕事をしなさい」と繰り返し言われて育ったという。
大学合格後、入学式の3週間前にアルバイトで葬儀社と出会い、遺族が涙ながらに先輩に感謝する姿に衝撃を受けた。先輩が「あのご家族は、俺のことを一生忘れないと思うよ」と話したことも決断の後押しとなった。親には内緒で大学を辞退し、葬儀社に就職した。
創業への道のり
最初の葬儀社で3年半働いた後、父のがんを機に地元愛知に戻った。転職先の葬儀社では効率優先で、生活保護を受けている方の葬儀を受け付けない方針に衝撃を受ける。「仏様の前ではみな平等だ」という信念とかけ離れていた。他の葬儀社も同様だったことから、1997年に自ら会社を創業した。
資金調達では銀行14行に断られたが、1行だけ無担保で融資してくれた支店長がいた。その支店長も以前、高額な葬儀費用に疑問を抱いた経験があり、適正な料金で遺族に尽くすという構想に共感したという。
創業後は業界から反発を受け、深夜の無言電話や看板の撤去などもあったが、事業を拡大。2008年の映画「おくりびと」のヒット後、生前の見積もり相談が明確に増えたという。
「感謝想」の誕生
長年の経験から、遺族が「元気なうちにもっと想いを伝えておけばよかった」と後悔する場面に何度も立ち会った冨安社長は、生前に感謝を伝える場「感謝想」を考案した。退職や古希などの人生の節目に、本人の言葉で「ありがとう」を伝える場だ。従来の「生前葬」という言葉には暗いイメージがあるため、葬儀の「葬」ではなく「想い」の「想」を使った。
実際に感謝想を開いた余命宣告を受けた男性は、亡くなった後、家族から「やっておいてよかった」と言われたという。
これからのティア
社名「ティア」は涙(tear)に由来し、悲しみの涙だけでなく感動の涙も届ける会社を目指す。2027年に創業30周年を迎えるにあたり、「人生のそばにティアがいます」という姿を掲げ、葬儀以外の場面でも会員に貢献したい考えだ。
冨安社長は「18歳で見た遺族の感謝の光景と、今目指しているものの根っこは同じ。『人のお役に立つ仕事に就きなさい』と言われて育ち、それからずっと『ありがとう』をどう届けるかを考えてきた。会社の規模が変わっても、そこだけは変わらない」と語る。



