物価高やタイパ重視による「自炊減少」が進む中、スーパーの棚で静かな地殻変動が起きている。ミツカンや日清食品、味の素など大手食品メーカーが、一部ブランドでの直販に挑戦し始めているのだ。背景には10年後の生存をかけた危機感がある。主食分野で成長の兆しを見せるミツカンに、その戦略の裏側を聞いた。
料理から遠のく日本人、20~30代の「お酢」購買層はわずか1割
共働き世帯は現在約7割に達し、50歳時点の単身者割合は男女とも約3割(内閣府・男女共同参画局調べ)。物価高やタイパ重視、食の洋食化など、ライフスタイルは激変している。
「これらの社会環境が要因となり、家庭で『イチから料理を作る機会』が激減しているのではないか」と、同社マーケティング&ダイレクト本部マーケティング部マネージャーの田中保憲氏は語る。同社の「お酢」の購買層は約4割が70代以上だが、20~30代はわずか1割程度だ。
同部マネージャーの栗原祐己氏は「共働きによる多忙から、自炊や和食を選ぶ人が減り、手軽なパンや麺類、グラノーラ系が増加している背景も考えられる」と補足する。
田中氏は「約220年の歴史があるミツカンが250年、300年と継続していけるのか。そもそも『10年後にお酢は当たり前にありますか?』という構造的な課題に直面している」と危機感を募らせる。現在の伝統的な調味料事業を支えているのは高齢層で、多くの食品メーカーが頭を抱える「生存戦略」に関わる大問題だ。
新ブランド「ZENB」と「Fibee」、オンライン直販を選択
ミツカンは2019年、調味料から「主食」への一歩を踏み出した。それが今年7年目で5000万食に迫る『ZENB(ゼンブ)』と、若年層のタイパ・健康ニーズを狙った『Fibee(ファイビー)』だ。両ブランドとも、戦いの舞台として「オンライン直販(D2C)」を選んだ。
その理由について田中氏は「『BtoBtoC』、つまり卸さん、小売さんを通じてようやく生活者の方に届くため、私たちには買ってくださっている人が見えづらい」という問題認識があったと説明。自社通販なら「誰が買ったか」「年齢」「地域」「何と一緒に買ったか」「何ヵ月後に再購入したか」まで細かく把握できる。
また、小麦粉を使わない新しい食の提案は価値が一目で伝わるものではなく、食べ方や魅力を丁寧に伝える必要があったため、最初は直販という顧客とダイレクトにつながれるプラットフォームで守り育てる必要があった。
社内の猛反発を乗り越え、ZENBは7年間二桁成長
立ち上げ当初は社内で猛反発に遭った。栗原氏は「自社通販を始めることは既存の流通スキームを壊す意味。老舗企業だからこそ仕組みが強固で、各部署がイレギュラーな対応を迫られることが大きな逆風となった」と振り返る。
しかし、直販によりユーザーのリアルな不満を吸い上げ、改善を繰り返した結果、商品は劇的な進化を遂げた。『ZENBヌードル』は7月6日出荷分より初の大幅リニューアルを敢行。7月8日には『ZENBブレッド』から初の惣菜パン「カレーパン」が登場。『Fibee』からも7月1日に3種のデニッシュが新発売された。
『ZENBヌードル』の初期は「豆臭い」「ボソボソする」という批評があったが、今回改善。田中氏は「豆100%なので普通に作るとバッサバサになり、どうしても小麦の麺のような食感にたどり着けなかった。3~4年培った技術とノウハウを注ぎ込み、製法を見直したことで、もちもち・ぷりぷりの食感を実現できた」と語る。
『Fibee』もワッフル購入者へのインタビューから、「おやつ」ではなく「食事がわり」という価値で食べ続けられていることがわかり、ファンが求める主食のデニッシュ開発に至った。
『ZENB』は発売から7年間二桁成長を継続し、ブランド全体で累計4900万食に達した。そして現在、オンラインで牙を研ぎ続けた商品の「スーパーへの逆輸入」が始まっている。
「逆輸入戦略」でスーパーの棚へ
当初は自社通販限定だったブランドだが、全国のスーパーやコンビニ、ドラッグストアでも姿を見かけるようになった。鍵は「ECモール」にあった。田中氏は「『ZENB』は自社サイトだけでなくAmazonや楽天でも販売を広げ、売上ランキング1位や年間売上大賞などのプライズがついた。そのおかげでスーパーのバイヤーから『うちでも置かせてほしい』という声をいただけるようになった」と説明する。
価値をしっかり届けられるネットで実績を作った商品を、スーパーなどのオフラインチャネルへ拡大する――これがミツカンの「逆輸入戦略」の正体だ。
野望は「調味料以上の規模へ」、ヘルシーと美味しいの両立
栗原氏は「ミツカンの野望は、調味料ではない事業を、調味料以上の規模感にすること」と前を見据える。田中氏は「我々のインナーコピーは『ヘルシー界隈で圧倒的に美味しい』。健康のために我慢して食べるのではなく、体に良いもので心から『美味しい!』を味わえる感動を提供したい」と語る。
さらに、小麦アレルギーの人でも黄えんどう豆が原料の『ZENBブレッド』・『ZENBヌードル』なら安心して食べられる。田中氏はこれを「食の民主化」だと語る。
スーパーの棚で見かける新世代の食品の裏には、メーカーが生活者と直接向き合い、10年後を見据えて戦い抜いたサバイバルドラマが隠されている。



