浪人で人生激変、発達障害乗り越えICU合格、起業へ
浪人で人生激変、発達障害乗り越えICU合格、起業へ

発達障害でいじめられ、私立中学を退学した経験を持つ安田さんは、2年間の浪人生活を経て国際基督教大学(ICU)に合格。その後、総合商社に入社し、現在は株式会社キズキを設立している。浪人生活で得たものは、ビジネスに必要な数学の基礎と、不登校の人が抱える恐怖への理解だった。

現役時代の成績と戦略的受験

現役時代のセンター試験では、英語が200点中80点、古文が7点という状態だった。しかし、戦略を練った勉強のおかげで、想定内の結果だったという。「現役の年にMARCHに1校でも受かったら浪人で頑張れる」と考え、古文・漢文のない学部に絞り込み、MARCHの中で偏差値が低い学科を一つだけ見つけ、法政大学に合格した。

その経験から「1年やれば東大に行けるんじゃないか」という確信を持ち、浪人を決意した。浪人を選んだ理由について、安田さんは「大学に行くしかなかったから」と語る。

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浪人生活と東大への挑戦

父親が予備校費用を負担することになり、1浪目が始まった。当時の2ちゃんねるで東大合格に向けた参考書を調べ、科目ごとに最適な学習法を組み立てた。数学は小学6年生レベルから個人塾で復習し、国語・社会・英語は予備校の東大対策コースで猛勉強した。1日13〜14時間の勉強を続け、この年はセンター試験で9割近くまで到達したが、2次試験で合格には至らず、2浪目に突入した。

2浪目の夏から浪人生活に疲れ始め、夏の東大模試ではB判定だったものの、秋・冬の模試ではE〜D判定に落ち込んだ。本番ではアクシデントも発生し、「『3浪はもう無理』だと思っていたので、センター試験本番の数学や物理で、手が震えて計算できなくなりました。結果、センターは8割程度しか取れなかったので、前期を一橋大学、後期を京都大学に変更しました。一橋よりも後期の京大に照準を合わせていたのですが、京大は落ちました。私立はICUと早稲田を受験して、幸い、ICUに合格することができました」と振り返る。

ICUでの活動と起業への道

2浪の末にICUの教養学部へ合格した安田さんは、入学直後からイスラエル人とパレスチナ人の若者を招いた平和会議を主催し、欧米のテレビに取り上げられた。2年生のときには休学してルーマニアの研究機関で働くなど、精力的に活動した。

3年遅れでの就職活動では、コンサル・外資・マスコミなどの選考をほぼ通過し、総合商社に入社した。しかし、入社4カ月でうつ病を発症し退職することになる。

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