日本航空(JAL)の約800億円、7年にわたる旅客基幹システム刷新プロジェクト「SAKURA」は、同社史上最大のプロジェクトとなった。システム移行当日には2000人の社員が同じTシャツを着て臨み、プロジェクトリーダーは1662枚のサンクスカードを手書きした。この巨大プロジェクトを成功に導いたマネジメント術が、2026年5月の「Enterprise IT Summit 2026」で明らかにされた。
約50年維持した自社システムからの決断
旅客基幹システムは航空会社の心臓部であり、航空券の予約・発券から空港での搭乗手続き、運航管理まで旅客サービス全体を支える。JALはこのシステムを約50年にわたり自社で維持してきた。しかし、システム維持費の上昇、市場の変化、技術の陳腐化といった課題に直面。長年連れ添った自社システムから新システムへの切り替えを決断した。
SAKURAプロジェクトの責任者を務めたJALカードの西條剛也氏(当時JAL執行役員)は「JAL史上最大のプロジェクトだった」と振り返る。国内線と国際線を同時に切り替える必要があり、移行するデータは1300万件に上った。しかも、システム切り替え作業に許されたシステム停止時間はわずか6時間のみだった。
「One BOAT」の合言葉とプロジェクトマーケティング
西條氏は従来のシステム全体像を設計してから開発に着手する手法ではなく、完成した機能から順にリリースする「アジャイル手法」を採用。一方で「これで前に進んでいいのかという不安が常につきまとう状況だった」と述べる。
そこで導入したのが「プロジェクトマーケティング」という発想だ。実行中のプロジェクトを社内外にマーケティングする考え方で、役員や740人の現場社員、協力するパートナー企業40社以上を巻き込むためのコミュニケーションやブランディングを強化した。
取り組みの一つが、プロジェクト推進の合言葉として掲げた「One BOAT」だ。「これだけたくさんのメンバーが1つのボートに乗ってゴールを目指す。成功するときは全員で」という思いを込めた。一体感を醸成するため、SAKURAプロジェクトのロゴも作成。システム移行当日は2000人が同じTシャツを着て本番に臨んだという。
さらに西條氏は感謝の意を込めて「1662枚のサンクスカードを書いた」と明かす。関係者一人ひとりに手書きのカードを手渡しし、強固な信頼関係を築き上げた。
プロアクティブマネジメントでチーム間の隙間を削減
巨大プロジェクトを円滑に動かすため、西條氏が取り入れたのが「プロアクティブマネジメント」と呼ばれる手法だ。メンバーの視座を上げるため、ポジションの1つ上の目線――現場社員はリーダーの目線、役員は社長の目線――を持つよう促した。視座を高くすることでプロジェクト全体を俯瞰でき、隣のチームの動きを見ながらチーム間の隙間を減らす行動ができるという。これもOne BOATを実現した要素の一つだ。
スケジュール厳守で「やめる機能」を見極めよ
西條氏は新システムへの移行日である2017年11月16日から遅れないよう、スケジュール厳守でプロジェクトを進めたと語る。新規開発となると「できること」「やりたいこと」はさまざま出てくる。しかし同社は期日を設けて「やめる機能」を見極めるなど、システムのスリム化を強化したという。
そして移行当日、JALは大きなトラブルを起こすことなくシステム移行を完了した。西條氏は当日のことを「忘れられない」と表現する。困難にみえる大規模プロジェクトでも、それを支える「人」にフォーカスし、信頼関係を築いたり適切なマネジメントをしたりすることで、成功につなげられる。JALの成功事例はそれを教えてくれるようだ。



