名古屋市中区大須の路地の一角に、壁一面の本棚を背にした飲食店「図書室喫茶酒場 本棚探偵」がある。店主の中村京子さんは、ミステリー小説を中心に、本棚に収まりきらないほどの書籍を擁し、新刊販売も手がけるこの店で、訪れる客に「本と人」「人と人」との出会いを提供している。今回は、中村さんが特に思い入れのある4冊を厳選して紹介する。
「ミステリー・アリーナ」深水黎一郎著
中村さんがまず推すのは、今年映画化された「ミステリー・アリーナ」だ。約10年前に読んだ際、「なんて楽しい作品なんだ」と感じ入ったという。その興奮を携えて映画を観に行き、ストーリーのテンポの良さや、「悪のりしているな」とくすりと笑える演出の中に、原作のDNAを受け継いだ深いミステリー愛があふれていることに感銘を受けた。大好きな一冊が再び脚光を浴びていることに感涙したと語る。
「エレガンス」石川智健著
「エレガンス」については、著者の石川智健氏から直接、作品が生まれるまでの経緯を聞く貴重な機会を得た。石川氏は戦争体験のある祖父の話を聞き、「いつか小説にしよう。そのために小説家になろう」と幼い頃に決意し、それを実現したという。中村さんは、明日の命の保証もなく抑圧された時代の登場人物たちの生きざまや、戦時中の殺人事件に込められた感情の切ない激しさを描いたこの作品を、石川氏が全身全霊を傾けた物語だと感じている。
「異常に非ず」桜木紫乃著
1979年に大阪で起きた銀行立てこもり事件を題材にした「異常に非ず」は、幸運にも参考文献として巻末に記されている「破滅 梅川昭美の三十年」(毎日新聞社会部)と併せて読むことができた。身を削り、執念さえ感じる取材を基にしたノンフィクションに肉付けされ、昭和の時代の空気感が手に取るように伝わり、桜木紫乃氏のすごみに震えたという。肉声が聞こえてくるような輪郭のくっきりとした登場人物たちや、犯人の生い立ち、環境、関わった人々、世間の反応などが臨場感をもって描かれ、知らなかった事件を小説という形で現実とは少し離れた感情で読むことができ、物語の強さに触れた。
「暗黒の瞬間」エリーザ・ホーフェン著、浅井晶子訳
「暗黒の瞬間」は、刑事弁護士の女性を主人公にしたドイツのミステリーだ。中村さんは、普段関わる目の前の人でさえ嘘を見抜けないのに、当事者たちの必死の演技、狡猾すぎる頭脳、強すぎるあるいは全く持たない感情に振り回され、一つひとつの事件が重く、常に人の抱える闇が漂うと述べる。真実を曲げられ悪が勝つことや、真実を曲げてでも悪を倒すこと、人間の作った法律で決着をつけるしかない難しさを問いかけられる連作短編集だ。
本棚探偵の遊び心
「本棚探偵」では、思いついたテーマや単語でタイトルをそろえて店内の本棚に並べる遊びを不定期で行っている。春は「桜」、新緑の季節は「緑」、そして湿度も気温も高い現在は、さわやかさを求めて「レモン」をテーマに、純文学からミステリー、ライトノベル、海外文学まで幅広く取りそろえている。中村さんは「普段は読まないジャンルでも、タイトルが気になったらぜひ手に取ってみてください。すてきな『出会い』の一助になれれば」と話す。
店舗情報:図書室喫茶酒場 本棚探偵、名古屋市中区大須2の13の34。飲食した客に3冊まで貸し出すほか、新刊本を販売。営業時間は月・木・金曜午後3時~午後10時、土日・祝日正午~午後10時、火水曜定休。電話070-4753-3594。



