「アーモンドアイ」などの三冠牝馬2頭を育て、3月に調教師を定年退職した国枝栄さん(71)が、人手不足の厩舎を手伝うため、厩務員に転身した。日本中央競馬会(JRA)によると、調教師出身の厩務員は初めて。1頭の馬とより深く関わる「第二の人生」にやりがいを感じている。
異例の転身、人手不足が背景に
JRAの美浦トレーニングセンター(茨城県美浦村)の厩舎で1日、国枝さんは担当するトクシーカイザー(牡馬、6歳)の脚に水をかけるためのホースを巻き付けた後、ブラシで丹念に馬体を磨き上げていた。馬は目をつむりながら気持ちよさそうにしていた。
岐阜県出身の国枝さんは1989年に調教師免許を取得。調教したアーモンドアイとアパパネの2頭が「桜花賞」など3歳牝馬限定のGI3レースを制した。国枝さんの通算成績は1123勝。中央GI22勝のうち17勝を牝馬で挙げ、「牝馬の国枝」と呼ばれた。
調教師から厩務員へ、第二の人生
調教師は、馬主や騎手とも相談しながら走り込みの内容や出走レースを決める「監督」のような存在だ。JRAの規則では、70歳で定年となる。定年後は、競馬評論家として活動するケースが多いが、国枝さんは、厩務員の人手不足を踏まえ、「自分の知識や経験が役に立つなら」と異例の転身を決めた。
日本調教師会に内々に相談し、欠員が出ていた小島茂之調教師(58)の厩舎を紹介してもらった。今年2月、小島さんに直談判し、了承された。
厩務員としての日々
国枝さんは3月3日付で引退し、4月から小島厩舎で働き始めた。身の回りの世話を受け持つのはトクシーカイザーなど2頭。約60頭を管理していた調教師時代と比べ、1頭の馬と密接に関わる。
国枝さんの仕事は午前3時半から始まり、馬房を掃除して寝床のワラを整える。トクシーカイザーは馬ふんの上で寝る癖があり、朝起きると体を洗うことが欠かせない。最初は水やり用のバケツを壁に取り付ける作業にも手こずり、かつて厩務員の仕事ぶりに不満をこぼしていたことを反省したという。
レースへの関わりと新たな気づき
4月末には、トクシーカイザーが東京競馬場(東京都府中市)でのレースに出走。手綱を握った顔なじみの武豊騎手(57)に「新人なので頼むよ」と声をかけた。5着となったレース後、武騎手は記者団に国枝さんについて聞かれ、「将来有望ですね」と冗談交じりに答えた。
国枝さんは馬のそばにいるからこそ、気づいたこともある。レース前にトクシーカイザーの手綱をパドックで引いていると、馬体から発汗していた。日本ではレース前に15分ほど、観客に馬の調子を見てもらうためパドックを歩かせるが、馬の負担になっていると感じた。海外のように時間を短くすべきだと自身のネットコラムなどで訴えている。
国枝さんは「自分の馬はかわいくて、レースに出たら元気に帰ってきてほしいという思いが強くなった。体力がもつ限り続けたい」と意気込む。
増え続ける競走馬、減り続ける厩務員
競馬人気の高まりを受け、競走馬の生産頭数は増えているが、世話をする厩務員の数は減っている。JRAによると、スマートフォンで馬券を手軽に買えるようになったことなどから売り上げが伸びており、レースの賞金も増額されて馬主の投資意欲が高まり、生産頭数が増えている。生産者団体などでつくる「日本軽種馬協会」(東京)によれば、2012年の6837頭から増加傾向で、25年には1.2倍の8236頭となった。
一方、中央競馬の厩務員はピーク時の05年には1691人に上ったが、今年6月時点では640人に激減。肉体労働で負担が重いことなどが原因とみられる。JRAが運営する競馬学校の厩務員課程の応募者数も減っている。JRAは19年、厩務員課程の年齢制限(28歳未満)を撤廃したものの、26年の応募者数はピーク時の1割の106人にとどまる。



