サントリーは2025年4月、世界市場での競争力を高めるために「新価値創造部」を設立した。同部を率いる大塚匠氏は、過去に『クラフトボス』などのヒットを生んだ名マーケターだが、成功体験をリセットし、ゼロベースで新たな挑戦を始めている。同部は総額1億円を投じて「フューチャーアドベンチャーマップ」というプラットフォームを構築。これは主要8カ国でのワークショップを通じて、生活者の価値観や行動の変化の兆しを可視化するものである。
グローバルメガブランドとの競争と「井の中の蛙」からの脱却
大塚氏は、海外市場でのサントリーの認知度について「コカ・コーラやペプシ、レッドブル、モンスターといったメガブランドに比べれば、まだまだこれから」と冷静に分析する。また、「日本のメーカーだから売れるというほど甘くない」と厳しい認識を持ち、海外展開への取り組みを加速させている。
新価値創造部の設立背景には、市場の変化に迅速に対応する必要性がある。大塚氏は「飲料の世界は市場やカテゴリーの変化が非常にスピーディー。国内で開発していると『日本が最先端』と思いがちだが、それは井の中の蛙だった」と振り返る。この認識から、海外市場の変化に即応するために新部署を立ち上げた。
「フューチャーアドベンチャーマップ」で生活者の兆しを捉える
フューチャーアドベンチャーマップは、8カ国で現地の生活者とワークショップを実施し、飲料の楽しみ方や価値観を議論。1カ国あたり100〜150個の変化の兆しを集め、30個に絞り込み、全体で240個の兆しを1枚のマップにまとめた。マップの中心には各国の普遍的な価値観を置き、その周りを健康意識やフレーバートレンドなどの可変的な要素が包む構造になっている。
大塚氏は「国ごとの違いと共通性を理解することが重要。俯瞰して見ることで、隣の国で起きている兆しが波及する機会を見いだせる」と説明。このアプローチは、個人としても会社としてもこれまでできていなかったことで、新部署の大きな価値だと語る。
徹底した現地化と日本ブランドの哲学のバランス
サントリーは海外展開において「日本ブランドらしさ」をあまり意識しないという。大塚氏は「ベースとして徹底的に現地化することが大前提。日本のメーカーが作るものには品質の良さそうなアドバンテージがあるが、最終的にお金を払ってもらえるかは現地の生活に合っているかどうか」と述べ、現地化を重視する。
一方で、『BOSS』のようなブランドは「働く人の相棒」という哲学を現地の働く人に寄り添う形で世界共通に守ることができ、タイやベトナム、オセアニア、米国で広がりを見せている。大塚氏は「日本のユニークなブランドをどう現地化させるかもミッションの一つ」とし、両方の視点を持って取り組む。
タイでの成功事例「Suntory Hy! Water Lock」
2026年3月、タイで発売されたハイドレーション飲料『Suntory Hy! Water Lock』は、新価値創造プロジェクトの成果だ。タイと日本の商品開発チームが協働し、生活者視点で水分補給の価値を再定義。タイの暑さで大量の水分を取るが、体内に水分が溜まらないという声に応え、ウォーターロック技術で体内水分保持を意識した設計を採用した。
約8〜9カ月という短期間でローンチに成功し、現地からは「自分のエリアでもやりたい」と手が挙がっている。大塚氏は「具体的な成功事例を作り、『自分たちにもできる』と思ってもらえるカルチャーを泥臭く作っていくしかない」と語る。
スピードとアジャイルさが鍵、スクラム型開発へ
大塚氏は、海外展開で最も必要なのは「スピード」と「アジャイルさ」だと強調する。日本企業はバトンパス方式で高いクオリティを維持するが、時間がかかり市場変化のリスクがある。理想は早期から多様な人材を巻き込んだスクラム型の開発だ。サントリーは強みを再認識し、海外のスピード感に合わせて実践していく方針だ。
大塚氏は「慢心する余裕はない。常に自分を律してゼロから向き合うことが大切」と覚悟を示す。サントリーが定義する日本らしさの本質は「生活者を真ん中に置くアプローチ」であり、これがグローバルメガブランドを追い抜く原動力になると主張する。
「これまでは基盤を整えて海外で価値提供するステージだったが、そこからもう一度ジャンプアップするための新たな挑戦ステージへ移った。自前のプラットフォームに外部の知見やR&D視点も入れ込み、現地発信の商品を増やし、世界中の仲間とスクラムを組んで次のステップへ挑みたい」と大塚氏は語った。



