愛知・岡崎から百貨店が全滅した悲しい顛末:松坂屋、西武、セルビが消えた40年
愛知・岡崎から百貨店が全滅した悲しい顛末

かつて「愛知屈指の商都」と称された岡崎市で、百貨店が完全に姿を消した。松坂屋、西武、セルビといった名だたる百貨店が相次いで閉店し、40年にわたる衰退の末、街から百貨店が全滅した顛末を追う。

シビコの開業と競争の始まり

1976年、岡崎市康生通西に再開発ビル「シビコ」が開業した。開業時には158店もの専門店が入居し、核テナントとしてジャスコ(現イオン)が入った。地下には食品売り場、地上階には衣料品や家電売り場を配置し、松坂屋と真っ向から競合した。岡崎では百貨店と総合スーパーが正面から競い合う珍しい構図が生まれた。

しかし、競争は長く続かなかった。シビコの専門店数は1980年代前半には約130店に減少し、施設は次第にジャスコ中心の色合いを強めていった。

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郊外大型店の台頭と百貨店の衰退

一方、郊外ではユーマート鴨田町や羽根ショッピングセンターなどの大型店が相次いで開業。駅前だけでなく郊外にも大型店が広がり、百貨店の客足は遠のいた。松坂屋は2000年代に入って閉店し、西武もセルビも同様に姿を消した。現在、岡崎市中心部には百貨店は一つもない。

シビコも現在は4〜6階が閉鎖され、専門店の多くが退去し、フロアマップには空白が目立つ。

市民の声:「百貨店よりスーパーが好き」

なぜ百貨店は消えたのか。康生地区の近くで生まれ育った86歳の女性は「岡崎の人は、百貨店よりスーパーが好きなのよ」と語る。百貨店を支えるほどの購買力が育っていなかったことが一因とされる。

岡崎市はイオンが県外へ最初に進出した街でもあり、総合スーパー文化が根付いていた。百貨店はその流れに抗えず、消滅の道をたどった。

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