愛知・岡崎から百貨店が全滅した顛末:全国初の再開発から40年で消滅
愛知・岡崎から百貨店全滅:再開発から40年で消滅

愛知県岡崎市の中心市街地から、全ての百貨店が姿を消した。1976年に開業した「岡崎シビコ」を皮切りに、松坂屋岡崎店、西武岡崎店などが相次いで閉店。全国初の再開発事業として誕生した商業の中心は、約40年で幕を閉じた。

全国初の再開発で生まれた百貨店街

1976年に開業した岡崎シビコは、開業時158店の専門店を擁し、松坂屋岡崎店を核テナントとする複合商業施設だった。その後、2000年には郊外にイオンモール岡崎が開業し、その中に西武岡崎店が出店。一方、中心市街地では2001年に岡崎メルサが撤退、2003年にはたつきビルが解体された。

松坂屋岡崎店は人員削減などで一時的に黒字に転じたものの、2010年に閉店。運営会社J.フロントリテイリング全25店舗の中で、売上高の落ち込みは最も大きかった。同年、核テナントを失ったクレオ(旧レオ)も閉店。郊外イオンモール内の西武岡崎店も2020年に閉店し、岡崎から百貨店は完全に消滅した。

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郊外型SCに敗れた商店街

地元商店が力を合わせて築いた商業の中心は、郊外型ショッピングセンターとの競争に敗れた。最後まで岡崎に残ったのは、かつて県外初出店の地となったオカダヤの流れをくむイオンだった。康生地区出身の84歳の男性は「イオンがあると、個人の店は太刀打ちできない。何でもそろっているから」と語る。

康生地区は、かつて大型店がひしめいていた頃のにぎわいはなく、閑散とした風景が広がっている。

身の丈に合わない選択だったのか

商業力は中心都市の看板ほど強くなく、市民の買い物行動も百貨店を支えるものではなかった。それでも岡崎は、全国に先駆けて巨大な再開発に踏み切り、松坂屋を街の中心に据えた。後から見れば、身の丈に合わない選択にも映る。当時の商店主たちが何を見ていたのか、その答えは再開発を担った当事者たちの証言の中に残されている。

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