「管理職にはなりたくありません」――管理職候補者との面談でこの言葉を聞いた経験のある人事担当者や上司は少なくない。期待していた社員からそう言われると、「どう説得しようか」「どうやって前向きになってもらおうか」と考えてしまうかもしれない。
しかし、そこで焦って説得に入ることは、かえって逆効果になる場合がある。「管理職になりたくない」という言葉の裏には、その人なりの理由や葛藤が隠れているからだ。株式会社チームボックス代表取締役COOでリーダーシップ開発・組織開発コンサルタントの瀬田千恵子氏は、管理職候補者と向き合う際に最も大切にしているのは、「なりたくない」という言葉を結論として扱わないことだと語る。むしろ、その言葉の奥にある本音や価値観に耳を傾けることから始めるという。
「本当に管理職になりたくないのか」を引き出す問いかけ
面談でまず確認したいのは、「本当に管理職になりたくないのか」ということだ。一見すると同じ言葉でも、その背景は人によって全く異なる。部下を持つことが不安な人、評価者になることが怖い人、失敗したくない人、プライベートとの両立を心配している人、あるいは単純に自分のやりがいと管理職の仕事が結びついていない人もいる。
しかし本人自身も、その理由をうまく言語化できていないことが少なくない。だからこそ、「なぜ管理職になりたくないのですか?」と直接聞くだけでは不十分だ。瀬田氏がよく投げかけるのは「何を恐れていますか?」「管理職になったら何が起きると思っていますか?」「もし不安がなくなったら挑戦したいですか?」という問いだ。
すると、「実は部下の人生に責任を持てる自信がない」「失敗して評価を下げたくない」「自分が管理職に向いていると思えない」といった本音が少しずつ見えてくる。多くの場合、人は管理職を拒否しているのではなく、管理職になることで起きると想像している未来を恐れているのだ。そして、その未来像の多くは、必ずしも現実そのものではなく、自分の中にある思い込みや管理職像によってつくられている。だからこそ、まず必要なのは説得ではなく、本人が何を見て、何を感じ、何を恐れているのかを理解することなのだという。
やってはいけない関わり方と若手が求める「意味」
一方で、善意から発した言葉が本人を追い詰めてしまうこともある。例えば「私も不安だったけど大丈夫だったよ」「みんな通る道だから」「給料も上がるしね」「あなたならできるよ」といった言葉だ。どれも励ましのつもりかもしれないが、本人からすると「不安をわかってもらえなかった」と感じることがある。
特に「あなたならできる」という言葉は注意が必要だ。言われた本人は「なぜ私なの?」「どこを見てそう思うの?」と感じているかもしれない。もし伝えるのであれば、「あなたがこれまで周囲に与えてきた影響を見ている」「後輩育成に真剣に向き合っている姿を評価している」など、具体的な理由まで伝える必要がある。言葉を省略しすぎると、相手には届かない。
また、上司はつい自分の経験を基準に話してしまう。しかし対話で大切なのは、自分の答えを伝えることではなく、相手の答えを引き出すことだ。相手の価値観や人生観を理解しようとする姿勢こそが、信頼につながる。
近年の若手社員との対話で特に感じるのは、「意味」の重要性だ。昭和型のキャリア観では「若いうちの苦労は買ってでもしろ」「昇進は当然目指すもの」という価値観があったが、今は違う。意味が見えない苦労には価値を感じないのだ。だからこそ、「給料が上がるから」「評価されているから」という説明だけでは不十分で、「会社にはそれしか魅力がないのか」と思われてしまう可能性すらある。
今の社員が知りたいのは、自分の人生や価値観とどうつながるのかだ。管理職になることによって何を得られるのか、どんな成長があるのか、どんな可能性が広がるのか。そこを一緒に考える必要がある。
「やってみたい」に変わる瞬間
成人発達理論では、人の成長とは知識やスキルを増やすことだけではなく、物事の意味づけが変わることだと考えられる。同じ管理職という役割でも、「負担が増える仕事」と捉える人もいれば、「人や組織の成長に関われる機会」と捉える人もいる。意味づけが変わると、見える景色も変わる。
管理職に否定的だった人が前向きに変化するケースもある。そのきっかけは説得ではなく、本人が自分なりの意味を見つけたときだ。例えば成長意欲が高い人であれば、「今までは自分のための成長だった。次は組織や人の成長に関われるステージかもしれない」という視点が響くことがある。育成が好きな人であれば、「これまで支えてもらった経験を次世代へ返していく役割」という言葉が刺さることもある。不安が強い人には、「責任を真剣に考えているからこその不安だ」と捉え直してもらうこともある。
大切なのは、本人が自ら動きたくなる理由を見つけることだ。人は納得して挑戦したいのであって、無理やり飛び込まされたいわけではない。管理職候補者との対話で必要なのは説得力ではなく、対話力であり、その人自身の働く意味や、自分らしいリーダーシップのあり方を一緒に探していく姿勢なのではないだろうか。
管理職になるかどうかは、役職の話ではない。自分がどのように人や組織と関わり、どのような価値を生み出したいのかという問いでもある。次回は、管理職不足を解決するために企業が変えるべきこと、そしてこれからの時代に求められる管理職像について考えていく。



