住友商事は、パーパス経営が広がる中で、あえて400年前の創業期の理念を重視している。背景には、1990年代に約2800億円の巨額損失を出した不祥事があり、これを転機として事業精神の再確認に力を入れてきた。
別子銅山での6時間登山研修
住友商事は年3~6回、国内外の社員を対象に、住友グループ発祥の地とされる別子銅山(愛媛県新居浜市)で研修を行っている。研修では、当時の様子が分かる記念館などを訪れるほか、約6時間かけて山を登り、採掘や製錬が行われた場所を見学する。
1997年以降、これまでに延べ3000人の社員が参加し、住友の事業精神を学んでいる。
事業精神の源流と環境対策
別子銅山は1691年に開坑し、280年以上にわたり銅を産出した。明治時代後期には約1万2000人が暮らし、国内最大級の銅山として日本経済を支え、住友グループ各社の発展の原点となった。
住友グループの事業精神は「自利利他公私一如」という言葉に表されている。その源流は、初代総理事・広瀬宰平が「一意殖産興業に身をゆだね、数千万の人々と利を共にせん」と述べたことにあり、自社の利益だけでなく国民との利益共有の重要性を説いていた。
一方で、当時の別子銅山は森林荒廃や鉱毒水の流出、深刻な煙害などの環境問題も引き起こした。歴代の総理事は、多額のコストをかけて製錬所の移転や本格的な植林、製鉄事業の廃止などに取り組んだという。
企業理念の理解と共感の重要性
パーソル総合研究所が2023年に実施した調査(20~59歳の男女正社員1500人対象)では、企業理念の内容を十分に理解していると答えた割合は4割にとどまった。レポートは「従業員の関与が足りないまま策定され、解像度が低い状態で上から伝達されてもパーパスは意味がない」と指摘し、実体験と共感が伴わなければ社員の行動変容にはつながらないとしている。
吉田専務が語る研修の狙い
住友商事代表取締役専務執行役員の吉田安宏氏は、創業期の経営理念を重視する狙いについて、「戦後、商事活動を始めたのが、現在の住友商事としてのスタートだ。当社は、400年前から続く住友本社の歴史に身を置いてきたわけではない。1983年には利益で業界トップになったが、96年に銅の不正取引事件が起き、巨額の損失を出した。この時、我々の中に、拡大路線に走るあまり、住友の事業精神を踏まえていなかったという深い反省が生まれた」と説明する。
その上で、「昔の言葉で書かれたものを読むだけでは、今の社員には伝わらない。そこで、住友精神の大切な部分を抜き出し、住友商事としてやるべきことを現代の言葉でわかりやすく『経営理念』と『行動指針』にまとめ直した。二度と同じ事件を起こさないという決意から、事業精神を現場の行動に落とし込もうとしている」と語った。
別子銅山での研修の役割については、「研修では、過去の先輩たちがどのような課題に取り組み、どう解決してきたのかを現場で学ぶ。例えば、幕末に得た事業の権益を新政府から没収されそうになった時に広瀬宰平という人物が儲けるためだけでなく、国のためにビジネスを行うという精神を貫いた」「銅の製錬によって地域に深刻な煙害が広がり、山が荒れ果てた時期があった。莫大なコストと時間をかけて植林を行い、自然を元に戻すなど環境問題に取り組んだ歴史もある」「こうした先人たちが直面した課題とそれを克服した歴史は、今の企業の経営者と社員が直面する状況と共通する。実際に登り、現場を見ることで肌で感じてもらうことが重要と考えている」と述べた。
外国人社員の参加効果については、「別子銅山を訪れたことがある南米チリの拠点の外国人の副社長が、植林事業に感銘を受けたと語っていた。チリには鉱山がたくさんあるが、環境対策までしっかりやるケースは少ない。200年以上前からの環境への取り組みに理解を深めてくれた」と話す。
また、煙害対策の長期的な波及効果について、「煙害の原因である亜硫酸ガスで硫酸を作り、これを原料に肥料を作る事業を生み出した。当時の取り組みがなければ、現在の住友化学は生まれていなかったかもしれない」と語った。



