「他社が真似をする商品を」シャープの独創性にこだわった背景:大阪ビジネス
「他社が真似をする商品を」シャープの独創性の背景

大阪ビジネス(ITmedia)の記事から、シャープ(当時は早川金属工業所)の創業者・早川徳次の言葉を紹介する。「他社が真似をするような商品を作れ」。これは「日本のエジソン」とも呼ばれた早川の信念であり、同社の原点である「早川式繰出鉛筆(シャープペンシル)」の発明から始まった。大阪人特有の「目立ちたがり」と「独創性」を最も重視する企業の一つがシャープだ。

シャープの歴史は「世界初」「日本初」への挑戦

シャープの歴史は常に「世界初」「日本初」への挑戦の歴史だった。早川は1912年(明治45年/大正元年)、ベルトに穴を開けずに使えるバックル「徳尾錠」を考案し、4752個もの大量受注を機に東京で独立した。1915年(大正4年)にシャープペンシルを発売すると米国で爆発的にヒットするが、1923年(大正12年)の関東大震災でシャープペンシル工場が焼失。家族も何もかも失ってしまった。さらに販売相手の企業から契約金と運転資金の返済を求められ、会社を畳むことになるが、ここで挫けず心機一転、大阪に移転して再起を誓った。

大阪に来てすぐに目を付けたのが「ラジオ」だった。当時はまだ日本でラジオ放送は始まっていなかったので、もちろん早川も含め誰も知識がありませんでしたが、部品を忠実に再現することに成功。1925年(大正14年)に国産初の鉱石ラジオを発売した。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

独創性の追求が生んだ数々のヒット

この年にラジオ放送が始まると、「シャープ」と名付けたラジオを外国製品の半値以下で発売し、爆発的な売り上げを記録した。こうした事業の数々がまさに「目の付けどころがシャープでしょ」たる所以だが、まだまだシャープは進化し続ける。

関連記事として、凋落するシャープは「日本そのもの」か「世界の最先端モデル」が失敗パターンにはまった理由や、シャープがテレビ向け大型液晶パネルの生産を2024年9月限りで終了すると発表したことなどが挙げられる。同社はまるで「世界の変化に対応できず」凋落していく「日本そのもの」のようだ。なぜかというと……。

また、ファミマの「1998円腕時計」が完売した理由や、IT人材は東京のどこに住んでいるか、といった話題も紹介されている。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ