江戸の人間はなにを急いでいるのか、歩くのが速い。倫太郎は先を行く雄馬を見失わないよう懸命に歩を進めた。が、左をふと見ると、真っ直ぐ延びた通りのはるか先に富士の山が見えた。と、あきらかに人だかりがしている大店があった。若い娘やいかにも金持ちそうな隠居、武家もいる。日除け暖簾に記されているのは、「丸に井桁三」だ。
日本橋と江戸の目抜き通り
「おい、友田どの。先ほど左に見た橋がもしや日本橋か? ではこの通りは」と倫太郎が問うと、雄馬は「ああ。江戸の目抜き通りだ。室町、十軒店、この左が駿河町だ。驚いてもいられぬぞ。日本橋が架かる日本橋川には魚河岸がずらりと並び、魚問屋が軒を連ねている。坂上どのもここに通うことになるのだ」と答えた。そうか。さっき通ってきたのが日本橋河岸か、と倫太郎は呟き、身が引き締まる思いがした。
初鰹の争奪戦
「今日はもう落ち着いているが、今、河岸はすごいことになっている。わかるか?」と雄馬が振り向いた。「賄い方であれば、知っていなければならないが、江戸の町では毎年争奪戦が繰り広げられる」と続ける。倫太郎ははたと考え込んだ。今の旬ということか。「このせいで、質入れされる女房もいるとかいないとか」と雄馬が冗談めかして言う。あ。女房を質に入れても食え、という。「鰹か! 初鰹だ!」倫太郎が叫ぶや、時蔵が後ろから、「当たりでございます」と穏やかな声音でいった。



