安全保障を維持できない社会は、持続可能と評価しうるのか。この問いは、現在、欧州、アメリカ、そして日本の政策当局および金融機関が、具体的な制度設計の課題として検討を進めているものである。
本稿では、冷戦後の国際環境を前提として発展してきたサステナブルファイナンス(持続可能な金融)やESG(環境・社会・企業統治)投資の評価体系が、安全保障という要素を十分に組み込んでこなかったことを指摘し、地政学的リスクの顕在化を踏まえた評価軸の再設計と、「国家の持続可能性」という統合的概念の必要性を論じる。あわせて、この再設計に伴う課題についても検討する。
冷戦後の世界は自由民主主義と市場経済に期待した
過去約30年間の国際経済秩序は、一つの前提の上に構築されてきた。冷戦の終結、ベルリンの壁の崩壊、ソ連の解体を経て、大国間の軍事的対立が長期的に低減し、自由民主主義と市場経済が国際標準として定着していくという見通しである。
グローバリゼーションの進展は、資本、情報、人の国境を越えた移動を拡大させ、市場経済の発展と国際協調体制の深化が長期的な繁栄と平和の基盤になるという認識が、政策当局と市場参加者の間で広く共有された。
この時代環境の下で発展したのが、サステナブルファイナンスやESG投資である。企業に対し、短期的な財務利益のみならず、気候変動対策、労働環境や人権の尊重、透明な企業統治への配慮を求めるこのアプローチは、世界の資本配分に大きな影響を与えた。
安全保障がESG評価に欠落していた構造的問題
気候変動対策やサプライチェーン上の人権問題に民間金融の規律を通じて対処する試みは一定の成果を上げており、企業の長期的価値の評価手法としてESG投資が果たしてきた役割は正当に評価されるべきである。
しかし、この評価体系には構造的な欠落があった。国家の安全保障という、社会の持続可能性を支える基礎的条件が、評価項目として明示的に位置付けられてこなかったことである。大国間対立の長期的低減という前提が成立している間は、この欠落は顕在化しなかった。
ロシアのウクライナ侵攻により欧州は政策転換を迫られ、日本の防衛生産基盤と経済安全保障との関係も問い直されている。持続可能性の前提条件としての安全保障が不可欠であり、「国家サステナビリティ」の概念整理と評価体系の再設計が急務となっている。



