「ひろゆきみたいな子」と呼ばれた中学生が適応障害を経て学歴研究家に転身
「ひろゆきみたいな子」と呼ばれた中学生の転身

キャリア・教育の連載「神童だったあの子の今」では、幼い頃に「天才」や「神童」と呼ばれた子どもたちが、その後どのような大人になったのかを追いかけています。今回は、X(旧Twitter)で11万人のフォロワーを持つ学歴研究家「じゅそうけん」こと伊藤滉一郎さん(30歳)に注目します。

アメリカの小学校での自由な教育

伊藤さんは愛知県豊田市で生まれました。父はトヨタ自動車の総合職で京都大学経済学部出身、母は地元の女子大学を卒業しトヨタで一般職として働いていました。妹は美大に進み、本人いわく「地方ののんびりした家庭」で、両親から「勉強しなさい」と言われたことは一度もなかったそうです。

幼稚園卒業のタイミングで、父がMBA取得のためにアメリカの大学院に留学することになり、家族で渡米。小学校入学の半年前から小学2年生の途中まで、アメリカの小学校に通いました。

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「学校には机がなく、授業中に出ていく子もいる自由な校風でした。同級生はブラジル、ヨーロッパ、韓国など多国籍で、授業は討論やグループ活動が中心のアクティブラーニング。当時の日本では珍しいスタイルでした。この2年間の経験が、今の『常に常識を疑う』姿勢につながっていると思います」と伊藤さんは振り返ります。

帰国後の衝撃と中学時代

帰国直後は日本語よりも英語の文章の方が読みやすく、学校の読書時間に英字の本を読んでいました。多感な時期を多国籍な教室で過ごした彼が、日本の小学校に戻って驚いたのは、教室の静けさでした。

「みんな机に座って何も言わず、当たり前のように授業を聞いていたんです。あれは衝撃でした」と語ります。この違和感が、その後の彼の選択を支え続けることになります。

中学時代は「ひろゆきみたいな子」と先生から言われることもあったそうです。物事を論理的に考え、時には先生と討論することもあったため、面倒がられることもあったといいます。

早稲田大学からメガバンクへ、そして適応障害

伊藤さんは早稲田大学社会科学部に進学。在学中から学歴に関するデータ収集と分析に没頭し、その「ハマり癖」が後に功罪をもたらします。

大学卒業後はメガバンクに就職しましたが、2年で適応障害を発症し退職。周囲の期待と自身の能力のギャップ、組織の硬直性に適応できず、精神的な不調をきたしました。

「データを集めて分析するのが楽しい」という特性が、銀行の業務では活かせず、逆にストレスとなったようです。

転機となった「暇つぶし」

退職後、内定先が決まるまでの間、暇つぶしで始めたのが学歴に関する情報発信でした。Xで「じゅそうけん」として活動を開始し、受験や学歴に関するデータを分析・発信したところ、瞬く間にフォロワーが増加。現在では11万人を超えるフォロワーを持ち、さまざまなメディアに出演する受験評論家となりました。

「学歴厨」と自称する伊藤さんは、自身の偏りを生かせる場所を見つけたのです。

現在の活動と今後の展望

現在は株式会社JSKを率い、学歴研究家として活動中。自身の経験を活かし、受験生やその親に向けた情報発信を行っています。また、自身の偏りを持ち寄れるコミュニティの重要性を説き、同じような特性を持つ人々の居場所づくりにも取り組んでいます。

「幼少期の自由な教育環境が、今の自分を作っている。常識に縛られず、自分の興味を追求することの大切さを伝えたい」と語る伊藤さん。彼の半生は、型にはまらない生き方の可能性を示しています。

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