日経平均株価が高値圏を推移する現在、投資ブームもあいまって金融商品に関心を持つ人も増えています。しかし、上がれば下がるリスクもあるのが金融相場です。相場を動かしているのは、経済指標や企業業績だけではありません。そこには常に、人間の欲望や恐怖、期待や不安が織り込まれています。市場は何を見て動いているのか。なぜ同じような熱狂と失望が繰り返されるのか。そして、本当に金融を理解している人たちは何を見ているのか。
20年以上、個人投資家として金融市場を見つめてきた鹿子木健氏の著書『なぜ金融の勝者はいつも同じ顔ぶれなのか 教養としての金融市場』より一部抜粋・編集してお伝えします。
金融商品は「人助け」ではない
金融商品は、人を助けるために生まれたのではありません。資金を集め、循環させ、回収するために設計された道具です。この言い方は、少し挑発的に聞こえるかもしれません。私たちは金融商品に対して、無意識のうちに好意的な物語を重ねています。「生活を支えてくれるもの」「将来に備えるためのもの」「豊かになるための手段」。そう考えている人も多いでしょう。
もちろん、それらの側面がまったくの虚構だと言うつもりはありません。実際、金融商品によって救われた人や、支えられてきた社会があるのも事実です。ただし問題は、その「結果」を、そのまま「設計思想」だと誤解してしまうことにあります。
「困ったときの仕組み」保険の実態
保険もまた、金融商品の一種です。「困ったときに助けてくれる」というイメージがありますが、保険会社の目的はリスクを分散し、運用益を上げることです。保険料は、単なる掛け捨てではなく、運用資金として市場に投入されます。加入者が支払う保険料の一部は、保険会社の利益や運用コストに充てられ、実際に給付される金額は総支払額を下回るのが一般的です。
銀行・証券会社・国家の本音
銀行は預金者から集めたお金を貸し出し、その利ざやで利益を得ます。預金者は「安全な資産運用」と思っていても、銀行にとっては「低コストの資金調達手段」にすぎません。証券会社も同様で、投資家の売買手数料や販売手数料が主な収入源であり、顧客の利益よりも自社の利益を優先する構造があります。国家もまた、国債発行を通じて金融市場から資金を調達しており、個人投資家の資産形成よりも財政運営が優先されます。
「投資のパートナー」は表向き?
金融機関はよく「投資のパートナー」を自称しますが、実際には彼らはあなたのパートナーではなく、取引相手です。彼らのビジネスモデルは、あなたが取引をするたびに手数料が発生する仕組みになっており、長期保有よりも頻繁な取引を推奨する傾向があります。また、複雑な金融商品ほど手数料が高く、顧客にとって本当に必要な商品かどうかは二の次になりがちです。
「組み込まれた存在」でしかない
私たち個人投資家は、巨大な金融システムの中の一部にすぎません。市場の動きは、個人の意思決定よりも機関投資家や大口投資家の動向に大きく影響されます。個人がいくら努力しても、情報や資金力で勝るプロには敵わないのが現実です。しかし、だからといって投資を諦める必要はありません。金融の本質を理解し、自分自身で判断できる力を身につけることが、長期的な成功への近道です。



