自社の強みを磨き、競争力を高め、知的財産(IP)を利益を生み出す経営資源として活用する知財経営が、中小企業支援の現場で広がりつつある。今年4月に日本弁理士会副会長に就任した上羽秀敏氏は、知財経営の旗振り役の一人だ。メーカー勤務を経て弁理士となり、長年にわたり中小企業支援に携わってきた。上羽氏は「弁理士は権利取得の代理人にとどまらず、企業価値を高める伴走者であるべきだ」と訴え、全国各地で後進の弁理士に意識改革を呼びかけている。
経営課題から出発する知財経営
上羽氏が実践するのは、経営課題の整理から知財戦略の立案、ブランド構築、事業展開までを一体的に支援し、中小企業の価値向上につなげる知財経営だ。従来、弁理士は発明や商標の権利化を担う専門家と認識されることが多かった。だが、上羽氏は中小企業支援を重ねる中で、模倣品の流通によって本来得られたはずの利益が失われ、企業経営を圧迫するケースを目の当たりにしてきた。
「知的財産は、特許や商標などの権利を取得するためだけのものではない。権利化を担うだけでは、企業の競争力を維持できない」と上羽氏は語る。中小企業が世界の企業と伍し、持続的に成長し、市場を取りにいくためには「知財を経営戦略の中核に据え、自社の強みを稼ぐ力へと結び付ける視点が欠かせない」との考えに至った。
上羽氏が重視するのが、経営課題から出発する知財経営である。「まず聞くのは特許の話ではなく、社長が何に困っているのか、どこを目指したいのか。経営課題の理解が出発点だ」と話す。
具体的には、販売不振や下請け体質、価格競争など、企業が抱える課題を整理した上で、知財で解決できる部分を見極める。そこから、自社の独自技術やノウハウ、デザイン、ブランド、営業手法などを掘り起こし、それぞれに最適な知財戦略を設計する。特許だけでなく、商標、意匠、営業秘密、契約なども組み合わせながら、自社の強みを「守り、生かす仕組み」を構築していく。
さらに、その知財を商品やサービスへ展開し、自社ブランドを確立することで価格決定権を高め、利益率の向上へとつなげる。また、市場や競合企業、技術の動向を知財情報から分析し、経営戦略に生かす「IPランドスケープ」や、そこから得た情報を経営判断につなげる「IPインテリジェンス」を活用しながら、継続的に経営を進化させていく。上羽氏は「企業の価値創造を支援する専門家へと進化していかなければならない」と強調する。
クロスエフェクトの事例、提案型売り上げ1.4倍
こうした知財戦略支援は、経済産業省近畿経済産業局や工業所有権情報・研修館(INPIT)近畿統括本部、日本弁理士会関西会などが運営する「関西知財活用支援プラットフォーム」で実践されている。企業ごとに弁理士や専門家がチームを組み、それぞれの課題に応じた支援にあたる。
代表例の一つが、3Dプリンターを活用した医療用の心臓モデルなどを手掛ける「クロスエフェクト」(京都市伏見区、竹田正俊社長)だ。同社は製品の試作や設計、デザインなどを手掛け、顧客企業から依頼されたものを形にするだけでなく、自らアイデアを出して製品を提案する仕事にも取り組んできた。
同社が同プラットフォームの支援を受けたのは約3年前。竹田社長は「経済産業局から、専門家を連れて伴走支援する無料のサービスがあると紹介された。知財に絡む仕事もしていたので、何かいいきっかけになればと思った」と振り返る。
そこで浮かび上がった課題の一つが、設計やデザインなど、同社自身が生み出した知財の扱いだった。顧客から依頼された製品であっても、同社が独自に設計、提案した部分がある。ところが、誰に権利が帰属するのか、顧客へ譲渡する場合にどのような対価を得るのかといった取り決めが十分に整理されていなかった。
竹田社長は「以前は設計料しかもらっていなかった。自社で考え、デザインした成果まで顧客に渡していたが、そこに知財としての価値があり、譲渡するなら対価を得るという発想が十分ではなかった」という。
支援を担当した上羽氏は「同社の仕事を分析し、案件ごとに異なる知財の帰属や契約条件を整理した。受託型や提案型など仕事の形態に応じて、誰が知財を持つのか、譲渡する場合にどう扱うのかを明確にし、契約書のひな型を整備した」と振り返る。
重要だったのは、契約書を作ることだけではない。仕事を始めてから権利関係を話し合うのではなく、受注時に自社が持つ知財や求める対価を示し、着手前に契約を交わすことを徹底した。竹田社長は「最初に受注する時に、我々が言いたいこと、欲しい知財権を主張して、しっかりと着手前に契約する癖付けをした」と説明する。
長年の顧客との摩擦と成果
もっとも、契約を整えれば、それですべて解決するわけではない。難しいのは、長年付き合ってきた顧客との交渉だ。それまで設計料だけで仕事を請け負ってきた相手に、ある日から知財の帰属を明確にし、譲渡する場合には新たに対価を求めることになる。
大企業では、知財の譲渡には対価が必要だと説明すると比較的理解を得られた。一方、「中堅・中小企業などでは、それまでなかった費用を求めることに難色を示すケースもあった」と竹田社長。長年取引してきた顧客であれば、関係にも配慮しながら知財の価値を説明していかなければならない。
竹田社長は、こうした交渉を重ねる中で、企業によって知財への理解に大きな差があることを実感した。一方、国による知財や取引適正化の啓発も進み、「以前に比べると格段によくなってきている」と手応えを語る。
実際、経営面でも成果が表れた。「支援後、提案型の仕事の売り上げは約1.4倍になった」と竹田社長。社内に知財戦略担当のポストも作った。単に製品を作った対価だけではなく、自社が生み出した設計やデザインといった知財にも価値を認めてもらい、収益へと結び付ける考え方が、社内に根付き始めた。
量産に頼らず「知恵」で稼ぐ
竹田社長がその先に描くのが、「量産に頼らずに稼げる企業」だ。同社の試作ビジネスは、案件ごとに顧客を開拓し、注文を獲得する必要がある。竹田社長はこれを、日々の受注によって売り上げをつくる「フロー型」のビジネスと捉えている。一方、目指すのは、試作や開発で生み出した知財を活用し、継続的に収益を得る「ストック型」のビジネスだ。
例えば、同社が考案した製品が一定数以上販売された場合、売上高の一定割合を受け取る成功報酬型の契約などが考えられる。知財から収益を積み上げることで、量産に頼らない経営につなげていく。
量産を自ら抱え込まないことにも理由がある。大量生産を続ければ安定した受注を得られる半面、特定の顧客や製品に依存する可能性もある。一方、試作や開発では、顧客を開拓し、ゼロから製品を考え、高度なものづくりに挑み続けなければならない。その経験が社員の成長にもつながると、竹田社長は考えている。
「ゼロから何かものを考えて形にする。量産は中国や東南アジアに任せてもらったらいい。我々はあくまでも知恵にこだわっていく」と話す。
その上で、「量産をやらなくても、しっかりともうけられる会社をつくり上げるのが私の仕事」と力を込める。ものを大量に作ることで稼ぐのではなく、試作や開発の過程で生み出した知恵や技術を知財として価値化し、利益へ結び付ける経営を目指す。
こうした知財経営を広げるため、日本弁理士会は「知的財産経営センター」を設置し、弁理士の育成や企業支援の強化を進めている。「知財を事業の成長へと結び付ける道筋を示し、経営者とともに企業価値を高めていく。そうした役割が、これからの弁理士には求められる」と上羽氏は前を見据えた。



