前回に引き続き、齊藤誠氏の著書『競争の作法 ──いかに働き、投資するか』(ちくま新書)の内容を紹介する。今回は下編として、国家レベルの経済政策の議論における「常識的な観点からの政策評価」の重要性に焦点を当てる。
堅実な観察に基づくシンプルな議論の力
前回の記事では、「堅実な観察に基づくシンプルな議論の力にはかなわない」という一節や、その姿勢で展開される分析を紹介した。本書の端々からは、「高度な先端研究ではなくても、誰でも入手可能な統計数字から処方箋を描けることをわかってほしい」という著者の思いが感じ取れる。
常識的な観点からの政策評価
例えば、本書では「国家レベルの経済政策の議論については、常識的な観点から政策を評価することができる素養を一人一人の個人が身につけていくべき」だと、市井の人々に向けて記述されている。ここで重要なのは、「常識的な観点から」という点である。
日本には、海外の経済学者や国際機関の提言が神様のご託宣であるかのように扱われる空気がある。また、時の政治に重用された国内の経済学者やエコノミストに対しても、同様の印象を抱くことがある。しかし、「常識的な観点」に権威は必要ないはずだ。
「一発逆転の妙手」を求める風潮への警鐘
筆者(唐鎌大輔氏、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)はかねて、日本の政策論壇に漂う「一発逆転の妙手」を求める雰囲気に警鐘を鳴らしてきた。この点については、齊藤誠氏と近い考えを持ち、思いを共有しているのではないかと感じる。
齊藤氏は、希望的観測への同調メンタリティーが政策議論を歪めていると指摘する。本書では、そうした風潮に流されず、誰もがアクセスできる統計データに基づいて冷静に政策を評価する姿勢の重要性が繰り返し強調されている。
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