高輪ゲートウェイ駅開業で変わる街「タワマンと旧市街」の狭間で起きていること
高輪ゲートウェイ駅開業、タワマンと旧市街の狭間で何が

高輪ゲートウェイ駅の開業により、高輪の街は急速に変化している。しかし、新駅の誕生は地価上昇をもたらす一方、固定資産税の増加という形で既存住民に負担を強いる側面もある。開発区域の外側にまで利便性や経済効果が及ぶかどうかが、この街づくりを判断する一つの基準となりそうだ。

地価上昇の恩恵と負担

新駅ができたことによって地価は上がっている。界隈に土地を持っている人は資産が増えることになるが、いいことばかりではないという。

「固定資産税が上がっています(苦笑)。一方で、新駅の開業によって泉岳寺を訪れる日本人参拝客が目立って増えた実感はない。泉岳寺は赤穂浪士ゆかりのお寺です。少し前に封切られた『47RONIN(2013年公開 赤穂浪士の忠臣蔵がモチーフのアメリカ映画)』のおかげで、海外からのお客さんは増えたのだけど、日本からのお客さんが増えた印象はあまりないですね。これからを期待しています」(小泉さん)

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商店が消え、「人が住むだけの街」へ

高輪ゲートウェイ駅の開業で、街は急速に変化している。しかし、高輪で生まれ育った高輪北町親和会会長の藤原達夫さん(74歳)は、街の変化について少し違った印象を持っている。

「街が変わり始めたのは高輪ゲートウェイ駅ができるずっと前からですよ。私が子供の頃、この辺りには商店がたくさんありました。目の前の大通り(第一京浜)沿いには八百屋、魚屋、食堂のような店が並んでいました」(藤原さん)

しかし、30年ほど前から、個人商店は次々に廃業し、中規模のマンションが建ち並ぶようになった。

「今では品川駅から歩いてきても、昔ながらの商店らしい店はほとんど見当たりません。商店が減って、マンションが増えたけれど、この地域では商業的な開発がほとんど行われてこなかった。店舗が入るビルや事務所ビルが少なく、人が住むためのマンションばかりが建てられてきたんですよね。オフィスビルも少ない。どちらかというと、住むための街ですね。そういう意味では、新しい駅や人が集まる商業施設ができたことは歓迎すべきことだと思っています」(藤原さん)

開発と地域住民の共存共栄

ただし、開発による地価上昇は、固定資産税や、それに連動する地代の上昇となって既存住民に返ってくる。JR東日本は祭りへの協賛や地域イベントへの出店呼びかけを行い、地元との共存共栄を掲げる。藤原さんも、その努力は認めているのだが、

「新駅の誕生に関して、現状では実際の生活に変化はありませんね。JR側が今後、地元の街とどう向き合っていくのか、今後に期待ですね」(藤原さん)

高輪ゲートウェイシティは「100年先の心豊かなくらしのための実験場」を掲げる。その実験の対象は、先端技術やエネルギー設備だけではないはずだ。国際水準のタワマンと、昔からの住宅地や商店、寺町を一つの街として結びつけられるのか。開発区域の外側にも利便性や経済効果が及ぶかどうかが、この街づくりを判断する一つの基準になりそうだ。

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