かつて百貨店は「特別な場所」だった。家族と過ごす休日、背伸びをして選ぶ贈答品。屋上やレストラン街には、地域の憧れと活気が凝縮されていた。しかし今、多くの街からその姿が消えつつある。本連載では、百貨店が消滅した街を歩きながら、「なぜ消えたのか?」を街ごとに分析する。第6回は愛知県岡崎市。かつて大量の大型店がひしめいた商業激戦地だが、現在はほぼすべて消滅し、百貨店も全滅した。なぜ百貨店を維持できなかったのか。
西三河屈指の商業集積だった康生地区
岡崎市の中心部・康生地区と東岡崎駅前には、かつて松坂屋を核テナントとする「レオ」をはじめ、「シビコ」「セルビ」「サンリバー」、岡ビル百貨店、ユニーなど大型商業施設が集まっていた。地方都市としては異例の商業集積地だった。しかし、再開発を担った理事長の証言によれば、その商業集積は最初から目指した姿ではなかったという。
「大型店は、もう一歩も入れまいと思っていた」
地元の商店主たちは、もともと大型店の進出に強く反対していた。しかし、周辺地域との競争激化や市街地の空洞化を懸念し、最終的に百貨店の誘致に踏み切った。再開発組合の理事長は「大型店は、もう一歩も入れまいと思っていたが、街の将来を考えると、百貨店を核とした再開発が必要だった」と振り返る。
76億円の「身の丈に合わない再開発」
第一市街地再開発組合の事業費は、当時の金額で76億3000万円に及んだ。後から見れば、身の丈に合わない再開発にも映る。しかし当時の資料を読むと、商店主たちは百貨店を誘致したかったのではなく、「街の未来」を守ろうとしていたことがわかる。「子供にみじめな商売をさせたくない」「お客さんを教育したい」という言葉からは、商業の衰退を食い止めようとする切実な思いがにじむ。
市民が選んだ未来
しかし、市民は百貨店よりもスーパーを選んだ。岡崎市は名古屋や豊田に比べて購買力が低く、百貨店を支えるだけの需要がなかった。再開発によって生まれた大型商業施設は、次第に客足が遠のき、松坂屋も撤退。現在、康生地区には百貨店は一軒も残っていない。
商店街が描いた未来と現実
商店主たちが描いた未来は、百貨店を核とした中心市街地の活性化だった。しかし、現実は厳しかった。76億円もの投資が、かえって地域の商業バランスを崩し、衰退を加速させた面もある。地元の商店主は「身の丈に合った再開発を考えるべきだった」と悔やむ。
岡崎市の事例は、地方都市における再開発の難しさを如実に示している。百貨店の消滅は単なる商業施設の撤退ではなく、地域の未来を左右する重大な決断の結果だったのである。



