大阪発祥のダイキン工業が、家庭用ルームエアコン市場でパナソニックに次ぐシェア2位を獲得している。その原動力となったのが、「冷やしすぎないエアコン」という逆転の発想だ。
1924年創業の歴史とエアコン開発
1924年(大正13年)に山田晁によって創業されたダイキンは、当初、航空機のエンジンを冷却するためのチューブなどを製造する金属加工業を営んでいた。そこからフッ素系冷媒やフロン系冷媒の研究を強化し、1951年(昭和26年)に日本で初めてパッケージ型のエアコンを開発した。
これは米国のエアコンを手本に作られたもので、従来のエアコンは冷却機と送風機を別々に設置し、ダクト工事や配管工事から運転に至るまで高度な知識と技術を必要としていた。それに対し、パッケージ型は圧縮機・冷却器・送風機が一つにまとまっていて、自動的に制御する装置を備えている。
ボタンを押すだけで自動運転できる利便性が評価を呼び、売り上げは伸び、エアコンの世界で圧倒的な地位を築いた。
「うるるとさらら」の革新技術
その後、さまざまなエアコンメーカーが参入してくるが、ダイキンが一線を画していたのは、単に室温を下げる機構を作るのではなく、その場にいる人が最も快適と感じる「空気」そのものをデザインしたことである。
日本の夏は、湿気が多く非常に不快である。ただ、温度を下げればいいわけでもない。夏の暑い日、飲食店に行くと逆に冷えすぎて体調が悪くなった経験はないだろうか。そういった不快感をなくすために、ダイキンは「温度」だけでなく「湿度」をコントロールする重要性にいち早く気づいた。そして開発されたのが「うるるとさらら」の機能である。
「うるるとさらら」には、冬季の加湿機能と夏季の除湿機能が備わっている。組み合わせて使うことで、湿気の取れた冷たい空気に室外機の廃熱を利用可能。閉めた空気を混ぜ合わせる。そうすることで、冷たすぎないさわやかな空気だけが部屋に行き渡るのである。
市場での成功と影響
この技術は「冷やしすぎないエアコン」という逆転の発想で話題を呼び、家庭用ルームエアコンではパナソニックに次いで2位のシェアを誇っている。
ダイキンの成功は、単なる温度低下ではなく、湿度を含む空気全体の質を追求した点にある。日本の高温多湿な気候に適応したこのアプローチは、他社との差別化に大きく貢献した。



