ミャンマー軍政下で和食店を守る78歳日本人店主「利益より家族を守る」経営
ミャンマー軍政下で和食店を守る78歳日本人店主の経営

ヤンゴン国際空港と市内ダウンタウンのほぼ中間、主要道路から約500メートル入った閑静な住宅街の一角に、日本食レストラン「角 ホーン」はあります。周囲に飲食店はほとんどなく、派手な看板もない。それでも口コミで評判が広がり、「知る人ぞ知る和食店」として多くの常連客に親しまれています。

78歳店主の経歴とミャンマーとの縁

この店に深く関わっているのが、大舘堯(おおだて・たけし)さん、78歳です。東京・新宿の精肉店を営む家庭の男3兄弟の次男として生まれ育ち、幼い頃から家業を手伝いながら肉の知識と確かな目利きを身につけました。そして30歳となった1977年に、新宿の三越裏にわずか10席ほどのステーキ店「角 ホーン」を開業。培った牛肉の知識と目利きで選び抜いた肉を提供する店は徐々に評判を呼び、地元の常連客に愛される存在になりました。

転機は開業間もない頃に訪れました。「店を開いて1週間も経たない頃に、童門冬二さんが来てくださったんです」と大舘さんは当時を振り返ります。歴史小説家として知られる童門冬二氏は小さな店の雰囲気を気に入り、その後20年近くにわたり週に一度は来店。さらに週刊誌の連載でもこの店を紹介し、「記事が出たときは売り上げが倍になりました」と大舘さんは語ります。

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ミャンマー人従業員との出会い

ミャンマーとの縁は、2000年代初頭にさかのぼります。大舘さんは東京の店で人手不足に悩んでいた際、ミャンマー人従業員を採用しました。「この人たちと働きたい」と思ったことが、後にミャンマーへ渡るきっかけとなります。彼らは真面目で勤勉、そして家族を大切にする姿勢に感銘を受けたといいます。

その後、大舘さんはミャンマーに渡り、ヤンゴンで「角 ホーン」を開店。現地のミャンマー人従業員と共に店を切り盛りしてきました。しかし、2021年2月の軍事クーデター以降、多くの日本企業が事業縮小や撤退を余儀なくされ、在留邦人の減少に伴い日本食レストランも次々と姿を消しています。政治的不安定さに加え、外貨不足による輸入規制、物流の混乱、急激な物価上昇。日本品質を維持しながら飲食店を続けることは年々難しくなっています。

軍政下でも従業員を守る経営

そうした中で、「角 ホーン」は従業員を一人も解雇することなく、静かに営業を続けています。大舘さんは「結局は人との縁ですよ。利益よりも、従業員とその家族の生活を守ることが大事だと思っています」と語ります。牛肉文化が根付かない土地での店づくりには苦労もありましたが、ミャンマー人従業員の支えがあってこそと感謝しています。

大舘さんはミャンマーを終の棲家と決め、今後も店を続ける意向です。「この国で出会った人々との縁を大切にしながら、できる限り営業を続けたい」と静かに、しかし力強く語ります。

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