2026年4月10日、カリフォルニア沖に着水したオリオン宇宙船。その内部では、飛行士たちを悩ませる「トイレ騒動」が起きていた。結局、飛行士たちはミッション4日目以降、液体の排泄についてはトイレを使わず、帰還まで旧来のパックを用いることになった。この出来事は、宇宙飛行における見過ごされがちな課題を浮き彫りにした。
微小重力がもたらす排泄の難題
軌道上や月へ向かう宇宙船内は、身体が浮いてしまう微小重力環境だ。地上では体内の水分は下半身にたまりやすいが、宇宙空間では全身に均等に水分が行き渡る。そのため、飛行士はよく顔がむくんだようになる。また、微小重力下では膀胱に液体がたまっても尿意を感じにくくなり、用を足そうとして初めて満タンに近いことに気づくことが多いという。
そんな宇宙でまともに機能するトイレを作るのは、想像以上に難しい。コーネル大学の航空宇宙工学教授、メイソン・ペック氏は「微小重力環境では、流体の流れ方が我々の知っているそれとは異なる」と説明する。地球上では飲み物はコップに留まり、雨水は低いところに集まる。排泄された液体は便器の底から配水管へ流れ落ちる。これらはすべて重力のおかげだ。
しかし重力の影響がほとんどない宇宙では、その動きはまったく違ってくる。表面張力、排水管の形状、宇宙船のわずかな動きなどが液体の動きに影響を与える。ノースダコタ大学の宇宙工学教授パブロ・デ・レオン氏は、ファンで気流を起こして液体を配管から押し出すと、逆に気泡が生じて配管に付着し、詰まりの原因になり得ると指摘する。
温度変動と設計の複雑さ
さらに事態を複雑にしているのは、宇宙空間がほぼ真空であるため温度が激しく変動する点だ。ペック氏は「人は南極はものすごく寒いと思うだろう。だが宇宙の方がもっと寒い。サハラ砂漠やモハベ砂漠はものすごく暑いと思うだろう。だが宇宙の方がもっと暑い。しかも、その寒さと暑さはほんの数分のうちに入れ替わる」と述べている。オリオン宇宙船の液体配管の詰まりへの対処も、このような温度変動を想定したものだった。
宇宙船内にトイレがなかった時代
初期の宇宙ミッションでは、トイレ自体が存在しなかった。1960年代のアポロ計画やマーキュリー計画では、飛行士は特殊な袋やおむつを使用していた。特にアポロ11号の月面着陸時、ニール・アームストロング船長は約10時間もの間、排尿を我慢したとされる。当時は排泄がミッションの成功に直接影響するとは考えられていなかったが、現代では長期ミッションにおいてトイレの信頼性が極めて重要であることが認識されている。
国際宇宙ステーション(ISS)では、現在高度なトイレシステムが稼働しているが、それでもトラブルは発生する。2024年にはISSのトイレが故障し、飛行士が応急処置を余儀なくされた事例もある。アルテミス2号のトイレ騒動は、月や火星に向けた長期ミッションにおいて、この基本的な問題が未だ完全には解決されていないことを示している。



