iPS細胞生んだ「4個の遺伝子」、高橋和利氏が語る発見の舞台裏
iPS細胞生んだ「4個の遺伝子」、高橋和利氏が語る発見の舞台裏

2006年に誕生した人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、生命科学と医療の未来を大きく変えた。世界初のiPS細胞を実験室で作り出した京都大iPS細胞研究所の高橋和利准教授が、発見に至るまでの舞台裏を語った。

山中研究室への入室と初期の研究

高橋氏は大学で工学を学んだ後、生命科学研究への関心から2000年に奈良先端科学技術大学院大の修士課程へ進学。山中伸弥・京都大教授が初めて主宰した研究室に第1期生として加わった。高橋氏は「工学出身で基礎知識がないこともあって、動物を扱う研究室にはなかなか受け入れてもらえませんでしたが、最後に山中先生のところを訪ねたら、すごく歓迎してくれました」と振り返る。

当時の山中氏は30代後半で、研究室には「いい論文を出して上に行くぞ」という熱気があったという。高橋氏は「直接、実験も教えてもらいましたし、実験ノートの書き方も教わりました」と述べている。

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4個の遺伝子の発見と偶然

iPS細胞につながる実験を任された際、高橋氏は「めちゃくちゃ興奮して、すごくうれしかったです」と当時を振り返る。当時研究が進んでいたES細胞は受精卵から作られ、さまざまな細胞に変わる能力を持つ。同じ能力を持つ細胞を皮膚などの体細胞から作ることがテーマだった。

実験を重ね、体の細胞に4個の遺伝子を導入することでiPS細胞が作製できることを突き止めた。山中氏は当初「間違いではないか」と疑い、実験を繰り返すよう求めたほど意外な結果だったという。

高橋氏は「自分が関心を持っていたテーマだったので、これは絶対にやるぞ、という気持ちでした」と語り、基礎研究への思いを示した。

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