iPS細胞20年、高橋政代氏「承認はゴールではない」 世界初の移植から標準治療への道
iPS細胞20年、高橋政代氏「承認はゴールではない」

人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った世界初の臨床研究で、2014年、網膜の中央にある黄斑が傷み、視力が低下する加齢黄斑変性の患者に、最初の移植手術が行われた。主導したのは、当時は理化学研究所のプロジェクトリーダーで、現在は医療スタートアップ「ビジョンケア」(神戸市中央区)の社長を務める眼科医、高橋政代氏だ。iPS細胞の登場前から網膜再生医療に取り組み、本人由来の細胞による世界初の移植から、他人由来の細胞を使う治療へと研究を広げてきた。

世界初の挑戦が浮かび上がらせた課題

世界初の挑戦は大きな注目を集めた一方、過剰な期待や治療を根付かせる難しさも浮かび上がらせた。パーキンソン病と重症心不全のiPS細胞治療製品は今年、条件・期限付き承認を受けたが、高橋氏は「承認はゴールではない」と語る。標準治療に育てるには何が必要か。世界初から見えた課題と次の20年を聞いた。

網膜から始まった挑戦

iPS細胞誕生20年をどう受け止めるかについて、高橋氏は「あっという間でした。最初の移植から12年がたち、別の領域では治療製品の条件・期限付き承認も出ました。基礎研究の成果が20年で臨床応用まで進むのは非常に早く、順調だったと思います」と振り返る。

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世界初の臨床研究の対象が網膜だった理由については、「1990年代から幹細胞による網膜再生治療を研究し、胚性幹細胞(ES細胞)で準備を進めたところにiPS細胞が現れました。網膜は脳の一部ですが、直接観察でき、手術で到達できます。生命に直接影響しにくく、新しい治療を最初に行いやすい場所です」と説明する。

2014年の移植の成果

2014年の移植について、高橋氏は「理化学研究所のプロジェクトリーダーとして実施した世界初の臨床研究は、今振り返っても、ほぼ完璧だったと思います。患者さん本人の細胞からiPS細胞を作り、網膜の『網膜色素上皮』という細胞にして戻す自家移植でした。本人由来なので拒絶反応が起こりにくく、科学的には理想的です」と語った。

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