日本人にとっておなじみの前方後円墳。その独特な鍵穴のような形は、単なる装飾ではなく、合理的な理由に基づいていることが、最新の認知考古学の研究で明らかになってきた。考古学者の松木武彦氏は、認知科学を導入した認知考古学の観点から、古墳の形状には高さが重要な意味を持つと主張する。
「天空のスロープ」と死者の霊
巨大な前方後円墳を目にしたとき、人はその横幅(墳丘長)よりも高さに意識を向けやすい。松木氏によれば、死亡した首長が共同体の神となるためには、少しでも高い場所に埋葬され、天に近づく必要があった。そのため、最も高い後円部の墳頂に首長が埋葬されたという。
さらに、前方後円墳は前方部からくびれ部に向かって下がり、そこから再び後円部へと登るように造られている。松木氏はこの構造を「天空のスロープ」と呼び、後円部頂上に眠る死者の霊を仰ぎ見るための演出が施されたと指摘する。このスロープ状の形状は、参列者が後円部を見上げる際に、より崇高な印象を与える効果があったと考えられる。
遠近法を利用した視覚効果
前方後円墳の前方部は長方形ではなく台形をしており、後円部との接続部がくびれている。この形状により、前方部の上から後円部を見ると、前方部が後円部に向かって徐々に狭まっていくため、遠近法の効果で後円部が実際よりも遠く、より巨大に見える。これは、埋葬された首長の権威を視覚的に強調するための巧妙な設計である。
松木氏はこれらの知見を、著書『最新考古学が解き明かす 空白の4世紀』(宝島社新書)で詳述している。
墳丘高さに表れた王権の変遷
初期の前方後円墳の後円部の高さを比較すると、主系統と副系統で興味深い差異が見られる。主系統では、箸墓古墳が約30メートル、西殿塚古墳が約16メートル、行燈山古墳(10代崇神天皇陵)が約31メートル。一方、副系統では、桜井茶臼山古墳が約24メートル、メスリ山古墳が約19メートル、渋谷向山古墳(12代景行天皇陵)が約23メートルとなっている。
執政王である副系統では高さに大きな差が見られないのに対し、神聖王の主系統では2代目の西殿塚古墳のみが約半分の高さとなっている。一方、実在する最初の「天皇」とされる10代崇神天皇の墳墓とされる行燈山古墳では、高さが箸墓古墳を若干上回る規模となっている。以降、ヤマト王権は基本的に男王が主体となるが、崇神天皇がその始祖的な存在であることが墳丘の高さからも読み取れる。
しかし、後世になると前方後円墳の本来の意味は失われ、前方部にも埋葬施設が設けられるようになり、また何度も埋葬できる横穴式石室が墳丘の頂上ではなく低い部分に設けられるようになったと考えられる。



