アンソロピックの理事であり、米シンクタンク・新アメリカ安全保障センター(CNAS)所長を務めるリチャード・フォンティーン氏は、日本がAI開発で「大きく出遅れた」とする政府の認識に異を唱え、真の勝負はフロンティアモデル開発ではなく、今後の社会実装にあると強調した。同氏は、日本にはロボティクスとフィジカルAIでのリーダーシップを発揮する明確な優位性があり、そこに重点投資すべきだと語る。
米中首脳会談:「グランド・バーゲン」は存在せず、台湾問題で警戒点も
5月14〜15日に開催された米中首脳会談について、フォンティーン氏は「グランド・バーゲン(包括的大取引)は存在しなかったし、今後も存在しない」と断言。首脳会談は政治劇の要素を多く含み、特に中国側にとって演出が重要だと指摘する。今回の本当の教訓は「何が起きたか」よりも「何が起きなかったか」にあり、中国側は複数の点で勝利を得たものの、米国側が中国の望み通りには動かなかった部分も多いという。
台湾問題に関して、フォンティーン氏は、トランプ大統領の「台湾独立に反対する」といった文言よりも、米国による武器輸出の扱いを注視すべきだと警告。トランプ氏が伝統的な「戦略的曖昧性」の路線に沿った発言をしている一方、台湾向け武器輸出について「習近平氏と話し合った」と認め、約140億ドルの売却パッケージを「交渉カードとして使いたい」と発言したことは新しく、望ましくない動きだと指摘する。これは現時点で中国にとっての勝利であり、日本にとって警戒すべき対象だ。
AIと防衛:イノベーションのための発想転換が必要
防衛技術調達について、フォンティーン氏は従来の大型兵器システムを長期間かけて調達するモデルはAIのイノベーション・サイクルに合わないと指摘。ウクライナでのドローンやサイバー戦の応酬は週単位で進むため、より迅速な技術導入サイクルが必要だ。また、新しい技術の多くは従来の防衛企業ではなく、アンソロピックのようなAI企業や一般企業が開発しており、国防総省は異なる形で技術と向き合わなければならないと述べる。
「防衛・調達の官僚機構は規制とルールの塊で、極めてリスク回避的。それがイノベーションを窒息させている。シリコンバレーは『10あれば9は失敗するが、残る1つが世界を変える』という前提で動いており、発想がまったく違う。失敗のリスクを許容し、実験の余地を広げる必要がある」とフォンティーン氏は強調する。
AIレースの勝敗:決定的なのは「アダプション」のレース
米中のAI競争について、フォンティーン氏は少なくとも2つの大きな競争が同時に行われていると指摘。一つは地政学的・軍事的・経済的な米中のAIレース、もう一つは企業間の商業レースだ。現時点ではフロンティアAIモデルの開発で米国がリードしており、このリードは維持される可能性が高い。しかし、もっとも決定的なレースは「アダプション(普及・実装)」のレースであり、どちらが勝つかはわからない。
「アダプションは自動的には起きない。AIを軍事、経済、あらゆる領域に組み込むには時間がかかる。米国の自由市場システムと中国の国家主導システム、軍と軍の間で、どちらが速く、深くAIを社会と組織に組み込めるかが最終的な勝敗を左右する」と述べる。
日本の戦略:フィジカルAIと半導体の門番役に期待
フォンティーン氏は、日本が「AIで遅れている」という認識について、フロンティアモデル開発の観点では世界中のすべての国が米国に遅れており、日本がフロンティアにとどまる必要はないと指摘。日本にとって重要なのはアダプションであり、正しいアプローチは3つあると語る。
「第一に、もっとも建設的に使える領域で積極的にAIを取り入れること。第二に、AIに伴うリスクを抑えること。第三に、雇用などをめぐる人々の不安に向き合うことです。日本が持つべき『ソブリンAI』の構成要素として、日本語のデータや政府保有データといったデータセット、半導体製造装置や国内データセンターなどの計算資源が挙げられます」
「もし私が日本を率いるなら、もっとも張り込みたいのはインフラへのAI実装、特にロボティクスや産業生産です。日本は川上の半導体製造から川下のロボティクスやAIの物理的実装まで、『フィジカルAI』に強い。ここにこそ懸けるべきです」とフォンティーン氏は強調する。
米国が日本に期待する2つの役割
AIと防衛の分野で、米国は日本に大きく2つの役割を期待しているとフォンティーン氏は述べる。第1に、半導体製造の技術や装置を守る「門番役」。これらはAIモデルにとっての原材料であり、日本には民主主義国へのアクセスを確保しつつ、中国には供給しないよう求めている。第2に、ロボティクスとフィジカルAIでのリーダーシップ。ロボティクスへのAI実装・展開において、日本は本当の意味でリーダーシップを発揮できると結論づけた。
※本稿は雑誌『プレジデント』(2026年7月17日号)の一部を再編集したものです。



