ES細胞から作った内耳組織移植で平衡障害マウスの症状が改善、iPS細胞治療への道筋示す
様々な細胞に分化できるES細胞(胚性幹細胞)から作製した内耳の組織を、平衡感覚に障害があるマウスに移植したところ、症状が顕著に改善したとの研究成果を、京都大学と藍野大学(大阪府茨木市)の共同研究チームがまとめました。めまいやふらつきなどの平衡障害には現在、根本的な治療法が確立されておらず、チームはES細胞と同様の機能を持つiPS細胞を用いたヒトへの治療実現を目標に掲げています。この画期的な研究成果は、神戸市で開催される日本再生医療学会において、3月19日に正式に発表される予定です。
平衡障害の原因と国内患者の実態
耳の奥に位置する内耳に何らかの障害が生じると、難聴に加えて、激しいめまいや持続的なふらつきが引き起こされます。平衡障害は、頭部の傾きを感知する内耳の「有毛細胞」が、加齢や疾患などによって減少することが主な原因とされています。有毛細胞は一度損傷を受けると、ほとんど再生しない特性を持つため、従来の治療法では根本的な改善が困難でした。
藍野大学の田浦晶子教授(耳鼻咽喉科)を中心とする研究チームによれば、平衡障害に悩む患者は国内に約250万人いると推定されています。特に高齢患者の割合が多く、めまいによる転倒リスクが高く、それが原因で足腰を骨折し、寝たきり状態に陥るケースも少なくありません。このような背景から、新たな治療法の開発が急務とされてきました。
マウス実験で確認された改善効果と移植手法の革新性
研究チームは、マウスのES細胞を活用して、有毛細胞を含む内耳の組織(大きさ約1~2ミリメートル)を高度に再現することに成功しました。この組織を、有毛細胞が減少し、絶えずふらついたり回転したりする症状を示す平衡障害マウスに、手術器具を用いて耳の穴から直接移植しました。その結果、移植から約1か月後には、マウスが回転せずに安定して歩行できるようになるなど、明確な改善効果が観察されました。
さらに、チームはヒトのiPS細胞からも同様の内耳組織の作製に既に成功しており、将来的な臨床研究への移行を視野に入れています。現在、難聴治療として一般的に行われている人工内耳の手術では、頭部の皮膚を切開する必要がありますが、今回の手法では、内耳組織を耳の穴を通じて移植することを想定しており、患者への身体的負担を大幅に軽減できる可能性があります。
専門家の評価と今後の展望
めまいの専門医でもある田浦晶子教授は、「ヒトへの治療応用を実現するためには、安全性の確認や長期効果の検証など、まだ越えなければならないハードルが数多く存在します。しかし、一生治らないと苦しむ多くの患者に、できるだけ早くこの治療法を届けたいという強い思いで研究を進めています」と語りました。
iPS細胞を用いた内耳研究の第一人者である藤岡正人・北里大学教授(分子遺伝学)は、「マウスの行動に明らかな改善が認められたことは、移植による治療法の実現に大きく近づく重要な一歩です。耳から移植する手法は体への侵襲が少なく、今後の実用化に向けて、さらなる研究開発が期待されます」と評価しています。
この研究成果は、再生医療の新たな可能性を拓くとともに、平衡障害に苦しむ多くの患者にとって、希望の光となることが期待されています。チームは、iPS細胞を活用した安全で効果的な治療法の確立を目指し、研究を継続していく方針です。



