村上春樹『ノルウェイの森』にも登場、タモリら愛した新宿ジャズ喫茶「DUG」が突然閉店を選んだ理由
村上春樹『ノルウェイの森』登場のジャズ喫茶DUGが閉店

新宿のど真ん中、歌舞伎町の向かいに位置する老舗ジャズ喫茶「DUG」が、創業65年を迎えた2026年、突然の閉店を発表した。村上春樹の小説『ノルウェイの森』に登場し、タモリをはじめ多くの文化人が通った“新宿カルチャー”の聖地は、なぜ閉店の道を選んだのか。

創業から65年、突然の閉店発表

DUGは1961年に創業。ジャズ喫茶の勃興期から高度経済成長、バブル絶頂期と崩壊、東日本大震災、コロナ禍と、時代の荒波を乗り越えてきた。しかし、2026年6月、2代目マスターの中平塁さんは「諸般の事情により閉店することにしました」と発表。常連客や音楽ファンに衝撃が走った。

「多くの文化人に通っていただいたことは大変光栄に思います。先代マスターは『ジャズという好きな音楽』を『好みの音を鳴らす空間で聞く』、その空間に飾るための『ジャズミュージシャンの写真を撮りたい』、そのことにこだわり続けただけ。そして2代目である僕は、生まれたときからジャズは空気のような存在だった。このような単純なことですが、多くの方に共感いただけているということは、とてもありがたいと思っています」(中平塁さん)

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村上春樹やタモリも通った新宿カルチャーの聖地

DUGは、村上春樹が作家になる前、自身でジャズ喫茶・バー「ピーターキャット」を開業する際に大きな影響を受けた場所として知られる。小説『ノルウェイの森』にもDUGが登場し、作中の重要なシーンで描かれている。また、タモリも常連客の一人で、若い頃から足しげく通っていたという。

60〜70年代の新宿は「新宿カルチャー」と呼ばれるアングラカルチャーの発信地だった。寺山修司の「天井桟敷」や唐十郎の「状況劇場」などが活躍し、寺山さんらもよくDUGに顔を出していた。DUGはいつしか新宿カルチャーの流行発信地となっていた。

歌舞伎町の盛衰を見続けてきた老舗

DUGはアジア最大級の繁華街・歌舞伎町の向かい側に位置する。そのため、大繁華街の盛衰を目の前で見続けてきた。ジャズ喫茶の勃興期、高度経済成長、バブル絶頂期、バブル崩壊と歌舞伎町の「浄化」、東日本大震災、コロナ禍……激しく揺れ動く繁華街の光景は、まさに戦後日本社会の姿そのものだった。

穂積さん(先代マスター)がDUGを運営しながら最も大切にしていたのは、ジャズピアニスト、セロニアス・モンクの写真である。この写真はDUGの象徴とも言える存在で、多くの客がその前で記念写真を撮ったという。

閉店の理由と今後の展望

中平塁さんは閉店の理由について「諸般の事情」とだけ述べ、詳細は明かしていない。しかし、長年の経営の中で、建物の老朽化や周辺環境の変化、後継者問題などが影響したとみられる。閉店後、DUGの店内に飾られていたジャズミュージシャンの写真や、セロニアス・モンクの写真などは、どこかに保管される予定だという。

多くのファンからは「残念でならない」「新宿の象徴が一つ消えてしまう」と惜しむ声が上がっている。DUGは、単なるジャズ喫茶ではなく、新宿カルチャーそのものの象徴だった。その閉店は、一つの時代の終わりを告げる出来事と言えるだろう。

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