金箔を支える日本唯一の和紙が消滅の危機に瀕している。岡山県にある上田手漉和紙工場は、金沢の伝統工芸品「縁付金箔」に欠かせないミツマタ和紙を製造する国内唯一の工場だ。しかし、年商は30年前の3分の1に減少し、後継者も見つからず、存続が危ぶまれている。
金箔に不可欠なミツマタ和紙の特性
ミツマタは繊維が短く、しなやかで上品な紙ができることから、古くから日本の紙幣にも使われてきた。ミツマタで和紙を作ると独特のケバが立ち、表面に空気が流れる。この空気の層が、薄く破れやすい金箔を浮かせ、傷ひとつつけずに美しい状態で長く保管できるという。
さらに、金沢の伝統工芸品である「縁付金箔」の場合、原料はミツマタを使用することが指定されている。つまり、この和紙がなくなれば、金箔の製造自体が困難になる可能性がある。
220年の歴史とミツマタ栽培の衰退
上田手漉和紙工場の創業は約220年前、江戸時代後期の文化年間(1804〜1818年)にまでさかのぼる。初代の上田長吉が津山藩・松平家の御用紙づくりを拝命したことから始まった。
岡山県北はミツマタの産地で、生産量は全国トップクラスだ。昔は近隣の農家が冬場の副業としてミツマタを出荷していた。造幣局へ発送するためのミツマタを保管する倉庫がそこら中に建っていたほど栽培が盛んだったという。しかし、最近では紙幣の原料は海外製のミツマタを使うことが多く、倉庫も減ってきた。
手間ひまかけた伝統の製法
和紙づくりは、近隣の山で栽培されているミツマタを刈り取る作業から始まる。ミツマタ農家が11月から2月頃に伐採し、窯で蒸し、皮を削ぎ、干されたミツマタを上田さんが買い取る。その後、工房の前を流れる川にミツマタをつけ、表面の黒皮を削ぎ、石灰で煮て繊維をほぐし、再び川にさらす。不純物を洗い流す「川ざらし」は夕方に川に入れ、翌朝の日の出前に引き上げる。直射日光が当たると和紙の色が白くなってしまうためだ。
金箔は1万分の1ミリと非常に薄いため、下地の色が透ける。真っ白ではない薄茶色のほうが金箔の色がより映えると上田さんは説明する。
後継者不足と減少する年商
「私の代で最後かも」と上田さんは語る。年商は30年前の3分の1に減少し、後継者もゼロだ。農家も職人も減っている。ミツマタの栽培農家は高齢化が進み、後継者不足は深刻で、和紙職人も同様だ。
現在、注文から納品まで半年待ちの状態だが、それでも後継者が現れない。上田さんは「この伝統を絶やしたくないが、現実は厳しい」と嘆く。
金箔製造に欠かせないこの和紙が消滅すれば、金沢の伝統工芸品「縁付金箔」の存続にも影響が出る。日本の文化を支える技術の継承が急務となっている。



