下町や昭和レトロな街並みを連想させることが多い銭湯。しかし、実際には自由が丘や広尾、白金といった高級住宅地として知られるエリアにも、多くの銭湯が現役で営業している。今回は、そんな「セレブな街の意外な銭湯」として、自由が丘・広尾・白金に残る3軒を紹介する。
自由が丘の『みどり湯』:大正時代は田園地帯だった街のコミュニティスペース
目黒区の高級住宅地として知られる自由が丘は、大正時代以前は緑に覆われた田園地帯であり、1927年(昭和2年)の東横線開通後に急速に発展した街だ。当時の駅名は「九品仏(くほんぶつ)」で、1929年(昭和4年)に新しい駅(現・九品仏駅)が設けられる際に、旧・九品仏駅が名前を譲り、地域の強い要望により「自由ヶ丘駅」へ改名。1966年(昭和41年)の再改名で「ヶ」を「が」に代えて現在の駅名となった。
その自由が丘駅から近い「緑が丘」という地名や「自由が丘グリーンロード」といった名前に、かつての田園地帯の面影が残る。そのグリーンロード近くにあるのが『みどり湯』だ。1957年(昭和32年)創業の宮造り銭湯だが、2022年にリノベーションを行い、外観や内装はかなり現代的になっている。アルファベットの店名看板の下には「COMMUNITY SPACE」と書かれており、幅広い世代やコミュニティにとって利用しやすいのが特徴だ。フロント奥の水色壁紙が柔和な雰囲気で、カウンターテーブルも置かれ、お風呂上がりにドリンクやアイスキャンデーを楽しめる。ミニペーパー「みどり湯だより」の配布や、子供を遊ばせるスペースも設けられている。
脱衣所は明るく爽やかで、柱や梁はリノベ前のままと思しき部分も残る。浴室内は緩やかな円弧状の天井が高く、壁面は白一色。奥には黒い線で描いた漫画風の富士山イラストが描かれている。浴槽は42℃の大浴槽が一つで、バイブラと座風呂3つを併設。水風呂は26℃前後、サウナは2段式の5〜6人用だ。全方位から高圧シャワーを浴びられる「ボディーシャワー」も変わった設備としてある。
客層は子供連れからお年寄りまで多種多彩で、キラキラした自由が丘のイメージとは異なる「暮らしの場所」としての自由が丘が垣間見える。
広尾の『広尾湯』:100年以上の歴史を持つ純和風銭湯
港区と渋谷区の境目にある広尾は、江戸時代には武家や大名の屋敷が多く立ち並び、明治時代以降に宮家・華族の住まいや外国大使館に変わっていった経緯を持つ。1980年代に建てられた大型マンション『広尾ガーデンヒルズ』も有名で、現在では富裕層に加えて多くの在日外国人も行き交うインターナショナルな街だ。
日比谷線広尾駅から直近の『広尾散歩通り』には高級レストランやセレクトショップが並ぶが、その一角にあるのが『広尾湯』。創業は100年以上前という老舗で、当初の宮造り銭湯から1971年(昭和46年)に現在のビルへ建て替え、2017年には大幅リニューアルを実施した。店内は清潔で温かい和モダン調に統一され、ロビーには建て替え前の宮造り時代の写真が飾られている。浴室の奥の壁面は、富士山ではなくヨーロッパの湖畔風景を想わせるモザイクタイルで飾られている。
浴槽は2つのみで、サウナや水風呂はないというシンプルな構造だが、気泡風呂の浴槽は深さ65cmと95cmの2種類があり、肩まで浸かるスタイルや半身浴などさまざまな姿勢で楽しめる。ジェットバスは立つタイプと座るタイプの2種類で、強力なジェットが特徴だ。お湯は41~42℃で、澄んだ井戸水を沸かして使用している。
白金の『アクアガーデン三越湯』:高級タウンに残る和洋折衷銭湯
白金エリアは都内屈指のリッチ地帯として知られるが、エリア北側の北里大学近くまで行くと、古びた木造長屋や看板建築、個人経営の渋いお店が立ち並ぶ。その「白金らしくない」街中にあるのが『アクアガーデン三越湯』だ。創業は1933年(昭和8年)で、2011年のリニューアルで現在の姿となった。
ベージュ色の丸い外壁に、洋館風の門扉が設置されたマンション銭湯。門扉をくぐると和風旅館のような玄関が迎え、入口からフロントまでの内装は大正モダン的な和洋折衷だ。浴室は「鶺鴒(せきれい)の湯」と「翡翠(かわせみ)の湯」が男女週替りで、壁面はベージュ主体でサウナ部分のみ白壁。石作りの背もたれからお湯が流れ落ちる足湯が珍しい設備としてある。
大浴槽には電気風呂・バイブラ・ボディージェット・ハイパージェット・座風呂を併設し、ジェット2種と座風呂の泡圧はかなり強め。岩風呂風の高温浴槽や、2段式で7〜8人用のサウナ、水温20℃ほどの水風呂もある。客層には地元の常連客と思われる高齢者が多く、下町の銭湯に近い雰囲気が感じられる。
高級タウン化以前から続く銭湯の存在
これらの3軒は、近年のリノベーションによって現在の街並みになじむ外観や内装となっているが、いずれも街が現在のような姿になる以前から営業を続けてきた銭湯だ。自由が丘・広尾・白金が住宅地や商業地として発展していく中で、地域の暮らしとともに歩んできた場所と言える。
また、広尾湯とアクアガーデン三越湯があるのは、いずれも渋谷川(※天現寺橋より下流側は「古川」)に近いエリア。高台や大通り沿いに広がる高級住宅街のイメージとは異なり、周辺には低層の建物や昔ながらの商店も残っている。実際に歩いてみると、ひとつの街の中に新旧さまざまな風景が共存していることが分かる。
自由が丘のみどり湯が創業した1957年(昭和32年)ごろは、戦後の復興を経て自由が丘が商業地・住宅地として大きく発展していた時期で、1953年(昭和28年)には駅前の「自由が丘デパート」も竣工している。街の人口やにぎわいが増していく中、みどり湯も地域の人々の日常を支えてきたのだろう。そうした街と銭湯の長い関係は、幅広い世代が訪れる現在のみどり湯の風景にも感じられる。