NHK連続テレビ小説『風、薫る』は、日本の看護婦のパイオニアである大関和(おおぜき ちか)と鈴木雅(すずき まさ)を主人公のモチーフとしている。時代は明治。医療の現場は男性のものであり、女性が医療分野の仕事に就くことへの理解がまだなかった頃である。看護の世界に飛び込んだ二人は、いかにして日本近代看護の礎を築いたのだろうか。著述家で偉人研究家の真山知幸氏が解説する。
「新聞記者にならないか」という誘い
第12週「旅立ち」第57話では、新聞社の綿貫編集長(演:小松和重)が小説家志望のシマケン(演:佐野晶哉)にこう持ちかけた。「ぼくは小説を書きたいんです」と言うシマケンに、綿貫は「活字工より記者の方が小説家に近い」と説得する場面があった。今後の展開として、新聞社がより重要なドラマの舞台となりそうだが、明治における新聞社事情を踏まえておくと、より朝ドラを楽しめるかもしれない。
「大新聞」と「小新聞」に分かれていた明治の新聞
明治期において新聞は、それぞれ「大新聞」と「小新聞」と呼ばれる2大ジャンルに分かれており、明治7(1874)年前後にその区別が明確化した。最初に勢力を持ったのは、いわゆる「大新聞」と呼ばれるグループである。郵便報知新聞や朝野新聞などがその代表で、政治論説が誌面の中心となる。自由民権運動の高まりとともに、政党の機関紙的な役割を担う新聞も多く、知識層やインテリ層を読者に持つことが多かった。言い換えれば、漢文調の硬い文章を読みこなせる読者を主な対象とするのが、「大新聞」だった。
大新聞はいわば「政争の武器」であり、郵便報知新聞や朝野新聞は自由民権派の立場から国会開設や憲法制定を求めて政府を批判。それに対して官権派(御用新聞)の東京日日新聞が反論する。同じ大新聞というカテゴリーの中で、新聞そのものが政治闘争の最前線になっていたのである。
誰でも読めて気軽に楽しめた「小新聞」
一方、小新聞は大新聞と対照的な存在だった。サイズも値段も約半分で、誰でも気軽に読めることを目指した。読売新聞や東京朝日新聞(現在の朝日新聞)がその代表格である。小新聞は政治色を排し、庶民の日常生活や事件、娯楽記事を中心に掲載。平易な文章で書かれ、女性や子どもも楽しめる内容だった。挿絵や読み物も充実しており、まさに大衆紙としての性格を持っていた。
大新聞の文芸面が育てた文学者たち
しかし、大新聞も文芸面を充実させることで読者層を広げようとした。尾崎紅葉や幸田露伴、森鴎外らが大新聞に小説を連載し、文学者としての名声を確立した。大新聞の文芸欄は、近代日本文学の発展に大きく貢献したと言える。一方、小新聞も滑稽話や人情話などの読み物を掲載し、大衆文学の基盤を築いた。
大新聞と小新聞の要素が合流し「中新聞」化
明治後期になると、大新聞と小新聞の区別は次第に曖昧になる。大新聞も政治論説だけでなく、社会面や文芸面を充実させ、小新聞も時事問題を取り上げるようになった。やがて両者の要素を併せ持つ「中新聞」とも呼ぶべき新聞が登場し、現代の新聞の原型が形成された。『風、薫る』の時代設定である明治初期は、まさにこの二つの新聞が併存し、互いに影響を与え合っていた時期なのである。



