三池崇史監督の初めてのドキュメンタリー映画「襲名」が公開中だ。歌舞伎俳優・十三代目市川團十郎白猿とその息子、八代目市川新之助の襲名の瞬間を追った作品で、ベネチア国際映画祭で独立賞「シネマ&アーツ」賞を受賞している。
襲名の軌跡を追う
映画は、2019年の襲名発表から、新型コロナウイルス禍による延期を経て、2022年の襲名披露公演に至るまでの父子の表情を捉えている。三池監督は、團十郎が海老蔵を名乗っていた時代から共に作品を手がけてきた間柄で、時代劇「一命」やホラー「喰女―クイメ―」、さらに2015年から始まった舞台シリーズ「六本木歌舞伎」の演出も担当している。
「一人の俳優が名前を変えるだけでなく、名前と一緒に何百年分のものを引き受ける。一度きりの瞬間を見てみたかった」と、三池監督は撮影の動機を語る。
シンプルに、淡々と記録
撮影で心がけたのは、できる限りシンプルに、淡々と記録することだった。「感情をあおるような演出や美化は避け、一見退屈と思えるシーンも映像に収めた。まず、この親子を見てもらう。歌舞伎とは何かを理解する前に、目の前で起きていることを目撃するための映画です」と話す。
焦点を当てたのは、俳優としての父子の姿。プライベートを撮った場面はほぼなく、稽古場や舞台の上、そして舞台裏での2人を映したカットで構成されている。背景にあるのは歌舞伎への尊敬の念で、三池監督は團十郎との出会いをきっかけに歴史に裏打ちされた芸の厚みを知り、圧倒されたという。「同じ目線では撮っていない。仰ぎ見ている感じ、そんな存在」と表現する。
ジャンルを超えた作品
奇抜なキャラクターが織りなすバイオレンス映画が多い三池作品の中で、ドキュメンタリーは異色ともいえる。しかし、三池監督はジャンルを意識していないと強調する。「自分が團十郎の襲名を撮るならこの形だ、と。結果的に、ジャンル分けをするとドキュメンタリーになっただけ」
今作は、先日のベネチア国際映画祭で世界初上映され、異なる表現を融合させた作品に与えられる独立賞「シネマ&アーツ」賞を受賞した。クライマックスの襲名披露公演のシーンは、あえて字幕なしで見せたが、海外の観客から大きな拍手が湧き起こった。「『何だ、この芝居は』と、歌舞伎というものに驚く体験をしていただければ」。上映後、三池監督はそう語り頬を緩ませた。