人間によって絶滅させられた鳥、オオウミガラス。その歴史をたどる書籍『オオウミガラス』(青土社・3960円)の書評を、元上野動物園園長の小宮輝之氏が寄せた。
元祖ペンギンの絶滅
オオウミガラスは北大西洋に生息していた飛べない海鳥で、古代ケルト語で「ペングィン」と呼ばれていた。ペンギンの名の由来となった鳥としても知られる。
著者のギースリ・パウルソン氏はアイスランド出身。かつて同国で普通に見られた鳥だったオオウミガラスの末路と、絶滅が持つ意義に注目した。イギリスの博物学者ウォリーと鳥類学者ニュートンが残した記録を丹念に解析している。
コレクターによる絶滅
人間は新天地で生き物を糧として命をつないできたが、持続可能な利用から逸脱し、大量捕殺が始まると生息数は激減した。希少価値を求めるコレクターや博物館が標本収集に奔走し、オオウミガラスは絶滅に追いやられた。
ウォリーとニュートンもコレクターとしてオオウミガラスと卵を探しに出かけ、1844年にエルディ島での捕獲が最後となり、絶滅したと悟った。ニュートンの絶滅概念は、現在の野生動物保護の道を切り開いたとされる。
本書には、最後のオオウミガラスが捕獲される以前に、ウエストマン諸島で3羽が捕獲されたと記されている。
アイスランドの持続可能な利用
小宮氏は1988年、翌年に開園する東京・葛西臨海水族園で展示する海鳥を求めてアイスランドを訪れた。ウエストマン諸島の海洋博物館でニシツノメドリを受け取り、エルディ島を望める航路でレイキャビクに運び、東京へ空輸したという。
ウエストマン諸島のレストランではニシツノメドリ料理が提供されており、島では今も海鳥やその卵が食料として利用されている。卵は最初の産卵だけを採り、2回目の産卵がかえるため、生息数は減らないというルールがある。有名なケワタガモのダウンも、ひなが巣立ってから集めるルールで、親鳥は捕殺しない。
持続可能な利用を守ることで、島の人々の暮らしの糧になっている。人類が欲張らず、生き物と接していたなら、オオウミガラスは今も生存していたかもしれない。著者もそう考えたに違いないと小宮氏は結んでいる。