クリントン・ゴダール著『石原莞爾』(ちくま新書・1155円)は、満州事変と最終戦争論、戦後の平和主義で広く知られる石原莞爾(かんじ)の思想を、日蓮仏教を基にした世界統一と永久平和の思想を手掛かりに、連続した思想・実践として描き出す。従来の陸軍の「異端者」としての石原ではなく、日蓮主義や科学思想、アジア主義に影響を受けた石原の思想遍歴を丁寧に追っているのが特徴だ。
「非武装平和」との違いに肉薄
本書は、戦後日本的な「非武装平和」と石原の平和主義の違いにも迫る。三島由紀夫は『文化防衛論』で、「日本は非武装平和に徹して、侵入する外敵に対しては一切抵抗せずに皆殺しにされてもよく、それによって世界史に平和憲法の理想が生かされればよい」という戦後日本的な考えが、「戦時中の一億玉砕思想に直結する」と指摘していた。
石原は東条英機や軍閥が先導する「一億玉砕思想」を批判しながら、田中智学(ちがく)の日蓮主義に影響を受け、永久平和のための「世界統一」を目指して「世界最終戦争論」を唱えた。
賀川豊彦との共通点と農村建設
石原が、キリスト教徒で社会主義者の賀川豊彦を高く評価していた点も興味深い。本書では、石原が山形に帰り、日蓮仏教を土台とした「理想的な農村」の建設に取り組む姿が詳述されている。2人はともに科学技術と進化論を取り入れた「農民共同体の理想」を抱いていた。
戦後、東久邇宮稔彦(ひがしくにのみやなるひこ)の新内閣が発足した際、石原は顧問就任の要請を辞退し、代わりに賀川を推挙している。
共同体主義の理想と限界
今日の左右の政治的対立では看過される傾向があるが、共産主義(コミュニズム)と共同体主義(コミュニタリアニズム)は似ている。ただ、エドマンド・ウィルソンが『フィンランド駅へ 革命の世紀の群像』で指摘したように、信仰と市場経済なしで「理想的な共同体」が長く続かない点が「共産主義の限界」なのである。
左右の思想的な対立が行き詰まった時代、石原の日蓮仏教を土台とした「平和主義の理想」と「農業共同体の実践」に、その失敗の過程も含めて学ぶことは多い。